2026年7月 2日 (木)

Ecological Steps : 水

Img_6822

The deep blue of the sea in Nice Jun.18.2026

 主人と慰労旅行で34年ぶりにフランスに行ってきました。6月下旬、西ヨーロッパが熱波に覆われた時期で、空は真っ青、日差しは鋭く、キラキラ。気温は37℃から40℃。しかし、湿度が低いせいか、体調を崩すことはありませんでした。

事前に「空のボトルを持っていけば、給水施設がある。」と知っていたので半信半疑で水筒を持参し、ホテルのロビー、パリの公園、役所前の給水施設などで水を入れさせてもらいました。旅行中は現地で購入したミネラルウォーターも常に飲んでいたので、暑さの中でも元気に過ごせたのだと思います。

Img_7142

家でも、南仏のヴェルジェーズ(Vergèze)産のペリエ(Perrier)が一番好きで、常備しています。本場では、レモンやライムで香りづけしたものもあり「ここでしか味わえない」と思い、ペリエのボトルを片手に喜んでいました。

日本よりも「水を飲む。」ことが手軽にできたのは、公共の給水サービスが無料で利用できることが大きかったです。マルモッタン美術館を出て公園を横切った時、高校生ぐらいの子たちが楽しそうに水を汲んでいました。私も空になりかけていたボトルに水を満たすことが出来たのですが、飲むとピリッとしたのです。「あれ、ガス入り?」と驚きました。公共の給水施設で炭酸水が出るとは思っていなかったので、帰国後地図で場所を確認しながら調べてみました。

20260702-105215

出典:フランス環境省「Où boire de l’eau à Paris ?」
(パリ市内の給水ポイント地図)

調べてみると、パリには約1200の給水施設があり、そのうちスパークリングウォーターの出る場所は15か所。ペリエのような天然炭酸ではなく二酸化炭素を添加したものですが、地区毎に異なる水源の水が安全に管理されて供給されているとのことでした。

子どものころ、公園で水をごくごく飲んで、「おいしい!」と思った記憶が、年齢とともに薄れていました。しかしフランスでは、毎日平均17000歩歩いたせいもあり、あのころのように水をごくごく飲めて、懐かしい感覚が蘇りました。

フランスでは、「水へのアクセスは基本的権利」とされ、2022年1月1日より施工された「AGEC法(反・使い捨てプラスチック法)」により、公共空間(301人以上)に給水施設を設置が義務付けられています。使い捨てプラスチックボトルの消費を減らすための取り組みです。

以前は、レストランに行っても水が出てこないので、ワインよりも高いミネラル・ウォーターを頼んだこともありましたが、今回はボトルに入れた水はいつも提供してくれるようになっていました。

日本では、自動販売機がどこにでもあり、水分補給は容易です。しかし猛暑の中、大量のペット・ボトルを運び、空のボトルを回収する人やトラックを見ると「大変だな。」と思います。その努力のおかげで回収率は世界最高水準の92%なのだそうです。ただ、一度しか使っていないボトルをペレットにしてリサイクルに回していく仕組みはよく考えられているものの、やはりプラスチック製品に頼り使いすぎていると改めて感じました。

Img_7108

A fruit and vegetable stall in Aix-en-Provence Jun.20.2026 

34年前にパリのスーパーでブドウを買った時も量り売りで買い、ホテルで食べたことを思い出します。今回も露店のチェリーもスーパーのチェリーも量り売りで、プラスチックの覆いはありませんでした。セザンヌがリンゴを描いたように果物そのもの自然の色や形を楽しみながら、食べる分だけ買おう、という気持ちになります。そういう余裕がフランスにひかれる理由でもあります。しかし、今回は時間の都合でチェリーを買えなかったのが少し心残りです。

それに比べ、日本の果物や野菜はほぼすべてプラスチック包装。忙しくても買いやすいという利点はありますが、やはりプラスチック依存を感じます。

EUでは、2021年からSUP指令(Single-Use Plastics Directive)が適用され、使い捨てプラスチックの環境影響を減らすための包括的規制が進んでいます。果物や野菜をプラスチックで包むことは、崩れやすい場合を除き、ほとんどありません。ファースト・フード店のカトラリーはポプラ材、ホテルの部屋のコップは紙製。シャンプーのボトルは壁に備えつけでした。ヨーグルトはディスペンサー方式のところもありました。

SUP指令を読んでいて、ペットボトルのふたがきれいに取れず、飲み口に一部がぶら下がって飲みにくく、「出来が悪いのだろう。」と思っていたのですが、これは、以下の理由によるものでした。

「一体型キャップ」義務の発効:プラスチックキャップまたは蓋を備えた飲料容器は、使用中キャップが容器に固定されるよう設計されなければなりません。参考:フランス環境省「プラスチック汚染への取り組み」


フランスでは、プラスチックの取り扱いについて厳しくなっていますが、以前からの習慣や販売法が、結果として環境負荷が少ないという裏付けを得たところも大いにあると思いました。

今回の日本の石油由来製品の不足に関しても、ヨーロッパはプラスチックを使わない暮らしにシフトしてきているため、日本とは違う受け止め方であったと思います。

プラスチック製品を見直す議論が、日本でもっと起きてもいいのではないかと感じています。海、人間、地球のために。

 

 

 





 

| | コメント (0)

2017年8月25日 (金)

Visiting a place :Japanese Olive

P8010894_3
Shodoshima Aug.1.2018

 小豆島に渡り、バスに乗ると、島のあちらこちらにオリーブが育てられていました。青みがかった葉色は、すぐにオリーブと分かります。島の南側中央部にあるオリーブ園に行ってみました。

P8010881_3

オリーブの実がたわわになっていた!!関東では、こんなに地植えで実がなっているのを見たことがなかったので、「すごい!」と思いました。1907年にオリーブの試験栽培を各地で行った結果、小豆島のオリーブだけが結実したそうです。。受粉後、日本では梅雨に入り、雨があたり、結実できないことになってしまうのですが、夏場の雨の少ない瀬戸内気候は、どうにか結実を邪魔しなかったというわけです。

P8010884_2

小豆島で育てられている品種は、ミッション、ルッカ、マンザネロ、ネバディロ・ブランコ。この時は、オリーブの株元にだけ潅水をしていました。そもそもなぜ、オリーブを日本で育てなければいけなかったのかということについては、「イワシの缶詰」に使うためだそうです。いわゆるアンチョビーの缶詰のことかな。


P8010896_2

作業している方にお話を聞きました。

雨が少ないといっても、当然、台風はやってくるので、収穫前に台風が来た時、実が傷ついたりしてしまうそう。傷がついたものは、オイルには加工できるが、塩漬けなどには、出来ないとのこと。

収穫は、手摘みで行うそうで、大変な作業だと思いました。

私は、2年ほど前から、オリーブの塩漬けを使ったモロッコ料理を作っていますが、それが出来るようになったのも、小豆島産の塩漬けグリーン オリーブが出回るようになったからでした。

P1040243_2

ここは、日本の地中海?と思うような景色を眺め、小豆島の人々が大事に栽培してきたオリーブや自然の美しさをじわっと味わわせてもらった一日でした。


| | コメント (0)

2017年8月23日 (水)

Visiting a place : Shodshima

P1040215
On the deck     Aug.1.2017          photo by cheer

 朝早く家を出て、小豆島に向かうフェリーにお昼前に乗り込んだ。新岡山港から小豆島の土庄港行きのフェリーで70分の小豆島に到着。息子が『小豆島は醤油の蔵が並んでいる所が良かったよ。』とすすめてくれていたので、まずは、『醤(ひしお)の里』と呼ばれる醤油や佃煮の会社が並ぶ地域へ。

P1040227_2_2
Wooden barrel to make Soy source  

島内南側沿岸部を通るバスに乗り、島の南東部に位置する創業1907年の「マルキン醤油記念館」へ。工場前にはかつて使っていた醤油色の杉の板で作った大型の樽が並んでいた。この一樽で1リットルの醤油5000本分が作れるそうだ。直径2m超え。
記念館では、昔使っていた樽や道具、麹室などや醤油作りの工程を説明した展示などがあった。

蒸した大豆や炒った小麦に麹菌をつけ「醤油麹」を作り、食塩水と混ぜた「もろみ」を樽の中で発酵、熟成させていくことで醤油が出来る。

P8010876_2
Marukin shoyu factory

記念館の建物も工場の蔵の建物群も昔ながらの木造。国の登録有形文化財となっている。焼杉張りの建物の一群で静かに敷地内に集まっていた。写真突き当りは、海。出来上がった醤油は船で運ばれていったことを思った。

P8010878_2

いつ頃建てられたのだろう。南北に長い建物で、天窓がはめてある。帰宅後、調べてみると100年以上経っている95mもある天然醤油醸造蔵であった。この中に先ほどの木樽がいくつも置いたあり、静かに醤油になろうと発酵しているらしい。ひっそりとしていて、」何してるんだろうね?」なんて私は言っていた。
木樽も建物の内部や梁や土壁などにも木の繊維や無数の孔の中にさまざまな酵母菌や乳酸菌が棲みついており、その蔵独特の風味が生まれるそうだ。温度や湿度は人工的に管理されていない自然の風や気温、湿度の中で蔵の中のひっそりうまみ成分たっぷりの醤油が作られていたのです。

P8010879_2

先ほどの蔵の北側には島内で最も高度のある山々に続く。山々の岩肌を見ると、瀬戸内海の多くを覆う花崗岩が見えた。景色と醤油作りは関係のないことにも思えたが、家に帰ってあれこれ調べてみると、小豆島でどうして醤油作りが盛んに行われるようになったのかがわかってきた。

江戸時代、この花崗岩は、近畿へ建築材料として船で運び出された。大阪城の石垣にも使われた。

島では、帰りの船に大豆や小麦を積み、新しく伝わった醤油作りの技術と島で作られる塩を使って、江戸時代から醤油作りが始まったということだ。

実は、「丸大豆醤油」とか、「天然醸造樽仕込み」などの違いや値段の差などの違いがスーパーの棚に並んでいるときに分かっていなかった。

今回、日本の醤油作りにおいても初期に生産を始めた小豆島へ行って、関心が深まった。美味しい醤油が欲しくなった。

| | コメント (0)

2017年4月 5日 (水)

Favorite place : 宮島 Miyajima

P8100218_2  
                                                              Aug.10.2016
宮島の島端。水平線が向こう側にも見え、瀬戸内海の島影のグラデーションの重なり合う景色がいい。

475
                                                              Aug.18.2015

写真は、夏休みに写したものですが、春休み帰省の折、宮島へ行ってきました。必ず、帰省中に一度は訪れ、何かしら発見がある島。奥深さにわくわくしながら、歩き疲れてへとへとになりながら帰ってくるのが常。

父は、この島の形をよく、「女の神様の形をしているんだよ・・・。」と何度も私や孫に説明してくれたけれど、私は未だに見立てた方が分からない。子どもたちは、にやにや分かっているような感じだけど・・・・?

P3270645_2
                                                              Mar.27.2017

フェーリは、行きがJRフェリーだとこの写真のように鳥居と社殿が浮かぶように立っているのを海上から見れるよう運航してくれる。この背後の弥山をふまえた上での厳島神社、山の青緑と朱の社殿、そして海の青。これらが世界遺産の地域に含まれています。平安時代の平清盛も厳島神社に参拝する時、この景色を船から見たのかと思うと不思議な気持ちになります。また戦国時代には、この海にいっぱい船が集まって、戦もあった。そして、2016年、アメリカのオバマ大統領の平和公園訪問の際、米軍岩国基地と広島の昔の西空港との間を移動する際、この上空をヘリコプターとオスプレイ数機が横切っていいたそうです。母曰く、「帰りも通っていったよ。」そんな新たな歴史をしっかり見続けながら、この島は今も存在し、大事に守られてきたことに驚きを感じます。

船を下りて、海岸沿いに遊歩道があり、厳島神社に向かって人の流れは、右になりますが、ここであえて江戸時代に埋め立てられて作られた「町屋通り」に迷い込むのが最近のマイブーム。左に行くと、海水浴の出来る包みが浦に行くバスあり。いろいろ散策しながら、楽しめる所が宮島の魅力。

D6h_1508_2

地元の人が使う道であり、「ふと人影?」と思いきや、鹿さんでした。以前NHKのテレビ番組で、宮島の鹿さんたちが、湾を渡るところを取材していました。野生のまま、たくましく生きています。

203
                                                             Aug.18.2015

夏に山を歩いていると、出会うこともあります。この鹿は、森の中で涼んでいました。今回も神社の裏手で小さなバンビちゃんに出会いましたが、何も知らずにビニール袋をもぐもぐしていたので、娘が口から離そうと必死でバンビちゃんと引っ張り合いっこしました。娘の勝ち。「だめだよ。」って言ってお別れしました。

P3270647

町屋通りに入ると、昭和の私の子どもの頃見たような、魚屋さんやお菓子の紙箱を作っているお店、おばちゃんがやっているような個人商店が点在しています。ここ2~3年で古い民家を改築し、お店にしたりした所もあり、町並みが整ってきています。また、路地を入ると、宮島の杓文字やろくろ細工のお盆「を作っている作業所もあり、秘かな島のLive spot。5~6年前からでしょうか、帰る度にフランス等ヨーロッパからの観光客が多くなっているなと感じるようになってきて、もうここ最近は、いつでも人がいっぱいになってきています。

30年前、私が島を訪れた時、島の高齢化が心配され、日本三景として素晴らしい自然や文化は知られていたけれど、観光地として低迷していた時期もあり、夕闇の路地を歩いて、心配になったことを覚えています。

P8090196_2

その頃より、宮島に景観に関する条例があることは、亡き父から聞いていました。屋根の色は周囲と調和の取れる無彩色などにすることや島内に新しく建物を建てる時は高さの制限があること。自然保護の観点からは、原生林の森を維持していくために、倒木も運び出さず、自然に朽ちさせていく。サルが以前弥山の山頂にはいましたが、観光目当てに外から連れてきたので、サルを捕獲して生体サイクルを元に帰していったこと等。

そんな昭和から平成にかけての努力もあり、世界遺産に認定されたのだと思いました。今年は世界遺産認定20周年だそうです。現代の便利さや利潤追求からすれば、取り残され島のようにも思えた時期もあったけれど、そういった今の人間のためだけのメリットではなく、歴史を重ね守られてきた島の自然や文化の良さを第一に大切にした考えは、世界に人たちにもしっかりと伝わる価値を備えていたものだったのだと改めて思っています。

188
Tsutsumigaura                                                  Aug.18.2015

夏に海水浴をする包みが浦に連れていってくれるマイクロバスには、フランスからの家族と同乗することが多く、彼らは、リッラクスしながら夏の日差しの中、島の緑陰や海の青さをぼーっと眺めて楽しんでいます。何かのフランス語の観光ガイドに載っているのだと思うのだけれど、本当に"Très bien"っておすすめしてくれているから、また皆さん来られているのでしょう。

島がもし大きな看板で営業しているお店が並ぶ観光地であったら、ブブ~!次にはつながらない。


| | コメント (0)