2017年9月 4日 (月)

Natural Beauty : Full moon on Miyajima

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Full Moon Aug.7.2016

満月になると、宮島を背景に月の光の帯が海面に表れる。宮島は、民家も少なく、遅くまで営業している店も宿ぐらいしかないので、島は、夜になると、真っ暗な大きなシルエットのみ見せて、静かに眠りについたように見える。

満月の頃は、海水面が上昇する大潮の時期。それに合わせて、宮島では旧暦の6月17日頃、厳島神社の管弦祭が行われてきた。今年はちょうど帰省中の8月8日に行われたので、皆で行ってみた。雅楽を奏でながら御神体をお神輿にのせて、管弦船で運び、年に一度、周辺の神社を回るお祭り。時々、神様も気分転換に外に出て、お散歩していただく感じでしょうか。

いつから?と調べると、平清盛が厳島神社を今の形に造営したのが、1168年。とすると、およそ850年ぐらい前から行われてきたと思われる。詳しいスケジュールは、宮島観光協会のホーム ページで発表されていたので、確認しておくといい。

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早めに宮島に着くと、スーと目の前を一艘の船が鳥居の沖に滑るように入ってきた。まるで、北斎の『神奈川沖浪裏』の波間に揺れる船のよう。この船で管弦船を引っ張っていく。
14:40~      Miyajima                              Aug.8.2017

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左の船は、三隻の船を横につないだ管弦船。ここにお神輿がのる。この時間の潮位だと、船は、これ以上神社には、近づけない。この日は、夜の11時ごろ満潮。船が一回りしてから、帰ってくる頃には、鳥居をくぐり、神社にも近づくことができるようになる。

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神社では、回廊に提灯や紅白の垂れ幕が掛けられ、準備が整っていた。

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15:00~               Main Shrine of Itsukushima Shrine

本殿では発輦祭(はつれんさい)が始まる。出発の儀式。管弦祭の名の通り、雅楽の演奏が始まり、観光客も本殿にぐっと集まった。手前から竜笛、篳篥(ひちりき)、笙(しょう)、そして太鼓。雅楽は、日本に5~7世紀にかけてアジア各地から伝来したという。生の演奏を聴くことが出来て、気分は平安時代。娘曰く、「『越天楽』が演奏されていた。」そうだ。

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16:00~

その後、お神輿が高舞台に出てきた。周りを方位を司る四神を表した幟で囲み、出発。

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管弦船に向けて、移動。私達もその後をついていった。高舞台から真っ直ぐ鳥居につづく道に降りさせていただいたのは、初めて。

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船の準備が整い、儀式を行い、管弦船が前の漕ぎ手の乗る船に引かれて、動き出した。この後、対岸の地御前神社に向かう。対岸から船と並行して犬の散歩がてら、追いかけたことがあったが、太鼓の音や掛け声、そして華やかな飾りの管弦船の一団は、マラソンランナーを応援するようだった。

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私達は、しばし、宮島のお湯につからせてもらい、宮島桟橋の東側に位置する長浜神社に管弦船が着くのを待つことにした。ここでは、提灯をいただき、それを灯して、管弦船をお迎えする。

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浜辺に立つ鳥居の両側にいっぱい提灯の明かりが迎える中、船が対岸から戻ってきた。笛や太鼓、漕ぎ方の声とぎーという櫓の音をならしながら。

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神事が行われ、かがり火に焚き木を追加して、灯りを補充。この場所を三周回って、厳島神社の西側の清盛神社に向けて船団は再び漕ぎ出した。すごい。

私達は、並行して提灯行列をして移動。島の街灯の少ない、宮島を提灯の明かりで移動するのは、風情があった。

ここで、私達は帰宅していったが、フェリーの中からも管弦船団が暗い海の中で一生懸命に人の力で動いているのが、見えた。フェリーは、すべて終わるまで見れるよう臨時便を運航させている。また、いつか。

最後には、船は厳島神社に戻り、回廊に囲まれた部分で管弦船を3回廻す大変な山場を終えて、還御されるという。以前、テレビで見たが、漕ぎ手の息を合わせないとうまく回転せず、神社にもあててしまう危険もあるので、漕ぎ手の人たちは、この祭りに合わせて練習をして臨んでいるそうだ。

管弦を奏でる人、船を漕ぐ人、采を振る人も皆、力いっぱい。

人間のエネルギーを感じた。

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2017年8月27日 (日)

Natural Beauty : Sandankyo

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子どもの頃よく訪れた、恐羅漢。広島で一番高い山で県の北西部に位置する。あたりは、西中国山地国定公園。昔は、川沿いを走る列車もあったが、今は廃線となり、車でしか行けない。ということで、なかなか、行けなかった。この日は、帰省中だが、カーシェアリングを使って、パパに運転してもらって、山深い所まで、連れていってもらった。たぶん、30年ぶりぐらいだろう。

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昔、山小屋のまわりは、背を覆うほどの草が生い茂っていた。今は、ブナの木に囲まれ、緑陰の中に山小屋があった。周りの山を歩きながら、つくしやぜんまい、秋は栗など、いっぱい取って家に帰り、食べるためにいろいろ下準備して食べたものだ。

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柴木川

その後、三段峡に行ってみた。こちらも久しぶり。国の特別名勝になっている。河原の石や山肌の巨岩、川の流れ、覆いかぶさるように枝を伸ばす樹々の様子は、山水画の世界。このあたりは、結晶している部分が少ない岩だったので、高田流紋岩と呼ばれる石であろう。

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二段の滝を目指して歩いていく。川沿いに数メートル上がった部分に遊歩道を作っているのだが、これが大変な苦労であったことを歩きながら思う。

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岩肌には湧き水が滴っている。赤い。鉄分が多そう。

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渡し舟に乗って、たどりついた二段の滝。水が冷たく、透明度が高い。

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三段の滝にも行ってみた。久しぶりに山の中を歩いた。自称『元祖 山ガール』の母は、現在84才。孫娘と先頭を交代しながら、さっさっと歩く。およそ3時間歩き回った。

また、もらったパンフレットの中に「たたら製鉄」の跡がある、とのことで、帰ってから調べると、このあたりの滝山川流域に山陰型花崗岩に覆われた地域があり、その中に含まれる磁鉄鉱がその原料となったことを知った。
これは、広島型花崗岩よりも新しい時代に作られた深成岩で鉄分を含む。

岩石中にわずかに含まれる鉄を取り出すために、多くの花崗岩が砕かれ、水を使って洗い流し、比重による選別が行われた。これは鉄穴(かんな)流しと呼ばれる。

流された土砂は、太田川に流れ、広島の河口のデルタ地形を作る一因となった。

人為的な土砂の流入は川底の上昇も招き、洪水の原因にもなった。1617年、広島城の石垣が壊れるなどの水害をもたらしたので毛利家に代わって安芸の国を治めた福島家は城を直したが、それが元で転封。浅野家に城主が変わり、治水対策として、1628年鉄穴流しを禁止し、広島平野の干拓等にあたったということだ。

1246年のこの地域からの献上品の中に鉄があったという記録から禁止されるまでのおよそ300年は鉄穴流しを行ったことで、現在 広島現代美術館のある比治山は島だったものが1600年頃には、陸つづきになっていた。

広島藩での太田川へつながる鉄穴流しは禁止だが、たたら場では、豊富な森林資源と豊かな水と島根で選別された砂鉄を使って、鉄は引き続き作られた。水運によって運ばれ、太田川下流域では、鉄の加工がさかんに行われた。それが、今も広島の産業として残っている。

結晶の大きい深成岩である花崗岩は、地下水に含まれるに二酸化炭素によって、粒子がバラバラになった真砂土に変化することも土砂の流入の原因だが、たたら製鉄による鉄穴流しも相当な量流されデルタ形成の一因となったことを知り、驚いている。


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2015年8月22日 (土)

Natural Beauty : Mt.Misen

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View from the rope way

久しぶりに宮島の最高峰 弥山(535m)に登りました。といっても行きは、ロープウェーで標高430mまで行き、そのあとは30分ぐらい歩き、頂上へ。帰りは紅葉谷にたどり着く山道を歩いて下りました。

2番目のロープウェーからの眺めは、天気がいいと宮島から南西方面の瀬戸内海が遠くまで見えます。この日は、少しかすんでいたけれど、良く見えた方です。この写真には能美島やおむすびのように見える小黒神島が見えています。

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Top of Mt.Misen

花崗岩の巨岩が山頂付近にゴロゴロしているのが、弥山の特徴。古墳跡のようにも見えますが、自然の造形なのです。宮島を神の島として考えてきたことが、この山頂の景色からもうなずけます。

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山肌がベージュ色をしているのが、瀬戸内海沿岸地域の土地の色。新幹線に乗っていてもこの色を見ると「西日本に入った。」と思う色です。

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Tsuga sieboldii

山頂の展望台の近くに生えていた大きなツガの木。弥山の北側は、天然記念物 弥山原始林に指定されています。このツガ林は、わずかですが、原始林の中心をなしているそうです。葉色がモミよりも明るい。松ぼっくりよりも小さな球果が枝先に垂れ下がっていました。

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紅葉谷を下るコース。大きな岩がゴロゴロして段差のあるうっそうとした森の中の階段を注意深く下りていくと、何やら地鳴りのような低い音がグーグーと聞こえます。娘も気づき、じっとしていると鳥が歩いてきました。二羽いました。

調べてみると、ヤマドリのよう。日本固有種で柿本人麻呂が詠んだ「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」の鳥です。谷筋に住むらしく、名前は有名ですが、今ではあまり見ることのできない鳥だそうです。

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こんな岩がゴロゴロした景観が続きました。宮島は松枯れがひどい時期もあり、心配しましたが、大方は照葉広葉樹の林に覆われています。倒木していた木を邪魔にならないように短く切り、そのままこの場所で朽ちさせていくようにしているようです。運び出す際に重機を入れると道が必要になったりして、原始林の自然環境を変えてしまうからです。

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下るともっと大きな岩が転がっている場所もありました。これは、1945年9月の枕崎台風により、この紅葉谷川の上流域が大崩壊し、中流域には巨石を堆積させたものでした。またその土砂は厳島神社の境内を覆う被害をもたらしたということです。

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その時の復旧工事と砂防工事を行う上で、渓流の景色を大事にしながら造園や石工の工事を行ったそうです。
現地の材料を使い、木をなるべく切らず、コンクリート面を出さないようの配慮したそうです。そういえば、子どもの時に、紅葉谷から弥山を上った時に、自然の景色だとばかり思った川筋の景色だけれど、ところどころの堰があることを不思議に思ったものでした。

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イロハモミジの葉裏を眺める余裕のある紅葉谷公園のあたりまで下りてきて、ほっと一息。娘の膝は、途中、本当にガタガタ笑っていました。皆、転んだりしないでどうにか無事に下りました。

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右上のピークが弥山です。下りてきた一帯の原始林も、厳島神社殿に関わる建造物とともに世界文化遺産に登録されています。景観的にもこの原始林の深い青緑があるからこそ朱色の建造物が美しく見える。

というより、この島の自然そのものに神が宿ると考えた心が、美しい社殿を作らせたと考えた方が正しいのです。

そんな自然へのリスペクトを絶えず持ち、現代の人も暮らしていきたいものです。


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2015年3月30日 (月)

Natural Beauty : Dawn of Mt.Fuji

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View of Mt.Fuji from Lake Motosu                   Mar.29.2015

今年の春休みは、のんびりしています。ここ数年、気ぜわしく帰省以外に家族で観光の計画すらできなかった。「夜明けの富士山を見たい!」という私の急な思いつきををかなえるべく、パパが場所を特定し、現在の日の出時間を逆算し、家族全員、午前2時起き、2時45分出発。満天の星空を車窓から眺めながら、興奮状態。しっかり覚醒状態の丑三つ時のわが家族でした。

車中、暗闇から空が白みはじめ、窓からまじかに見える富士山の壮大なシルエットに「ゴジラのよう!」と思わず、驚きました。5時前に気温0℃の本栖湖周辺に到着。湖の北西側に三脚を立てた人々がスタンバイしており、「ここだ~!」と思いました。以前テレビで見た撮影ポイント。「いつか、ここに行ってみたい。」と自分の頭にインプットしておいたロケーション。

誰もしゃべる人はいなくて、私だけ娘にこしょこしょ、何かを話したような・・・。富士の裾野の左側がほのかに灯をともしたようにオレンジ色になりそこを中心に空の色もグラデーションしながら、ふわっと水色に変わっていた。何度か見たことのある日の出ですが、本当に太陽が顔を見せてくれるまでは、「あそこかな?」と落ち着かない。

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そうこうしていると目覚めた鳥たちが、「朝だよ。」「そうね。」とさえずりはじめ、やっぱり朝が明けるんだと、教えてくれるようだった。

一艘のボートも岸から漕ぎ出し、見ていて『勇気がある人』などという言葉が浮かんできた。

はんなりと夜が明けてくるようで、春にふさわしい富士の景色。

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アイボリーの光が放たれ、富士の姿もFade out しはじめた。カメラを向けていた人の中には、「もう、今日は終わり。」と太陽の輝きを確認する前に、三脚をたたむベテランさんもいる。

私は、大きなフリース裏打ちのタータンチェックのピクニック マットで全身をくるみ、変な恰好でキラキラを待つ。

と、見えてきた。目に悪いんじゃあないかと思うほどのキラキラが。すべての景色が光に覆われ、美しいGodzillantic Mt,Fuji も完全にFade Out !

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何の未練もなく、新しい朝が始まった。New Dawn !

私もこの場所から Fade Out !

New Dawnというバラがあるな。

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2011年1月10日 (月)

Natural Beauty : テラコッタ色の山

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                                                   2010.12.27

北海道の昭和新山に行きました。すごかった。子どもの時から、私の両親の恩師である先生が書いた福音館から出版された『生きている火山ー昭和新山のおいたちー』という絵本が家にありましたが、本物を見たのは、初めて。

写真のようにちょうど、日が頂上にあたっていたからか、ストレートに「すごいな~。紅い!」と驚きました。
1943年。平地で畑であった場所に地震、その後地割れ、隆起、はげしい噴火活動となり、溶岩塔が最後には、むくむく大きくなり1945年9月20日に火山の動きがとまったそうです。高さは407m(現在は398m)となっていたとのこと。

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鏡餅のように2段の山が出来たのです。スピルバーグの『未知との遭遇』の山を思い出しました。突然目の前に現れた紅い山。

むくむくと成長する火山といえば、粘り気の多い溶岩と解釈できますが、それは、二酸化ケイ素の多いタイプ…無色鉱物が多いのでしょう?・・・鉄は少ない方のタイプ・・・なのに、どうして弁柄のように紅いんだろう?という素朴な疑問が。

お家に帰って、前述の本をよく読んでみれば、『れんがのような石は、火山灰や粘土が新しい溶岩の熱で焼かれて、硬くなったものです。』とちゃんと書かれてありました。

そうか!テラコッタのようなものになっていたから、紅いんだ!鉄の多く含まれている粘土が焼かれたと考えていいんだ。

溶岩自体は、前述した本によれば、石英安山岩。これは、『青みがかった灰色の岩がみえます。これが新しい溶岩で、石英安山岩とよばれる岩石です。』と説明がありました。

隣の有珠山がかつては、成層火山の姿であったことから、マグマの成分が粘り気の少ない玄武岩質マグマから粘り気の多い安山岩質マグマへと成分が変わっていくことも教えてくれる場所で、おもしろい。

この一帯は、支笏洞爺国立公園、また、最近は、ユネスコの支援による世界GEO PARK に認定されています。
他のGEO PARKも行ってみたい。


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2010年8月21日 (土)

Natural Beauty : 花がいっぱいの山

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View from Mt.Azuma                         2010.8.7

今年の夏は、久しぶりに山登りをしました。といっても海抜1000m付近にある宿から約1200mの頂上をめざして登っただけですが、じじばば子ども達で、えいこら登り、良い思い出になりました。中国山地の吾妻山。夏の雲がぷかぷか浮かんでいるのが良く見える所です。

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Geranium shikokianum  イヨフウロ

一番は、ゲラニウム!やっぱり、かわいい。透けるような花弁。色がピンク。初めて見た種類です。

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Adenophora triphylla var. japonica ツリガネニンジン

これは、山に良く咲いている。いつも可愛いと思う。花を見ながら、山を歩くと、お友達に出会えたようで、元気をもらえます。

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Cirsium japonicum ノアザミ

色がはっとします。

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Saururus chinensis ハンゲショウ

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山頂付近は、玄武岩。ガラガラして排水性が良いのか、山野草に都合が良いよう。
昔、牛を放牧していたため、芝の生える斜面が多くあり、ちょっと山が低いけど、景色がスイスっぽい。高度が高いので、涼しかった。ロッジの部屋にもなんと、クーラーがない!

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山の中は、ブナ林。明るい森。湧き出すお水もおいしいく、久々に自然を満喫させてもらえました。

「ここに住んで、ハイジになりたい。」とおばさんは、思いながら、暑い地上に下りました。


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2010年8月19日 (木)

Nature Beauty : ハマゴウ

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 Tsutumigaura                                  2010.8.13

夏休み。帰省して実家の向かいに位置する宮島に海水浴に行きました。波の穏やかな瀬戸内海は子ども達が小さい頃から海に浸かるのにちょうどよく、毎年のように訪れます。観光客でにぎわう厳島神社とは、反対側の浜でのんびり過ごすOur Secret Beach。「泳ぐ」というより、「浸かる」という表現がぴったり。

今年もお昼寝の後、3時ごろに浜に到着しながらも夕方まで、海に浸かっていました。浜辺を歩いていると、見慣れない(私が今まで気が付かなかった)植物が、大きく砂浜に這うように生育しています。銀色の葉ときれいなラベンダーブルーの花。つぼみの形は、玉のような形。なんだろう?

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Vitex rotundifolia

写真だけ撮って調べると、クマツヅラ科のハマゴウという植物。日本では本州、四国、九州、琉球。東、東南アジア、ポリネシア、オーストラリアまで太平洋の西側に広く分布する砂浜海岸の代表的な植物だそうです。

乾燥させた果実は、不眠に効く生薬として利用されてきたそうです。

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それほど珍しい植物ではないそうですが、宮島では砂浜の工事などによって、急激に減少したそうです。でも、暑い夏の日でしたが、とてもワイルドにたくましく育つ姿が美しかった。

花の咲き始めでしたが、これが一面に咲くと、きれいだろうなと思いました。


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2009年1月 5日 (月)

Natural Beauty : Migration :About Wild : ウトナイ湖 4

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                              2008.12.24
ウトナイ湖の4回目。最後は、野生について。
2003年、一部ハクチョウ、カモの餌をやっているところもあったのですが、最近では、鳥インフルエンザの関係で、野鳥を集めることはしないようにするため、餌をやらないようになったそうです。

また、鳥獣保護センターに掲示してあった北海道新聞にも書かれていたように、人間の与える餌があるので、本来ならば、冬にもっと南下しなければならない鳥たちが、居残るようになり、急な寒波の中、一夜にして凍り漬けになり死んでしまうケースもあるそうです。

「さぞかし、おなかがすいているだろう」、という気持ちで餌をやるのが人間なのですが、このように本来の感覚をにぶくさせるならば、やはりやらないほうがいいのでしょう。

小さな命が人間にこびることなく、身近で生き生きと輝いている姿こそ、私たちが自然を美しいと思える瞬間。

そこのところを、人間もよく理解し、この地球上にいる動植物と付き合うことが私たちの姿勢だと思いました。

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                                       2008.12.24


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2009年1月 4日 (日)

Natural Beauty : Migration :オオワシ : ウトナイ湖 3

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                            2008.12.25

ウトナイ湖での観察記事の3回目。今日は、オオワシ。オオワシは、オジロワシと混同し、何度も言い間違えましたが、今回初めて、見ることが出来てようやく区別して言えるようになりました。これは、どちらも毛に白い部分があるためですが、オオワシは、白と黒の配色がはっきりしているほう。クチバシも大きく黄色くて、変な言い方だけれど、漫画に描けそうなカラーリングです。

オオワシも凍った湖の上にたたずみ、じっとカモの群れを見ていました。遠くからみると、遠足に来た子どもたちをじっと見ている先生のような感じ。横に子どものよう同じような格好をしているのは、カラス。この時、肉眼では、オオワシかオジロワシ区別はまったくつきませんでしたが、撮影した写真を拡大して、黒白はっきりしている姿であったため、これがオオワシとわかりました。

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Haliaeetus pelagicus     2008.12.25

30分以上は湖畔の観察小屋にいましたが、一回だけ、ハンティングしました。何事も起こりませんでした。飛び立った時の羽の模様、着氷する時の足のたくましいところ。大きな黄色のくちばし、すごく目立つ見事な鳥だと思いました。

レッドリスト(絶滅危惧種)に入っています。日本では、北海道にロシアから南下してくるそうです。

国を超えて渡ってくる鳥たちが、これからも自由に大空を飛べるよう、私たち人間も国境を越えた協力が必要なのだと思います。

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2009年1月 3日 (土)

Natural Beauty : Migration :オオハクチョウ : ウトナイ湖 2

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Cygnus cygnus
   
                                    2008.12.24

ウトナイ湖の2回目。今日は、ハクチョウについて。今回、すごくうれしかったことは、2003年に訪れたときに、羽が片方きれいに広がらないハクチョウに出会いました。「みんなが飛び立つ時も、このハクチョウはついていけないんだ。」と心配したハクチョウが元気にお母さんをしていて家族が増えていたこと。

ウトナイ湖野生鳥獣保護センターでは、「ウトナイ湖通信」というものを出していて、今回それをいただき、宿でゆっくり読んでいると、次のような記事が

参考文献 『ウトナイ湖通信』 2008年12月号 ウトナイ湖野生鳥獣保護センター 発刊 No.55

トピックス

[ウトナイ生まれのオオハクチョウ リターンズ]
   
 羽にケガを負いシベリアに帰れなくなったメスと飛ぶことのできるオスがペアとなり、2003年から毎年子育てしているというニュースは以前にも何回か紹介しました。

この下線部分に私はピンときて、「あのときのハクチョウかも?」と記憶がよみがえってきました。

記事は続きます。

成長した10羽中これまで6羽に足環標識をつけ、さらにそのうち2006年生まれの3羽には今春、緑色の首輪(5C24,5C25,5C26)をつけて継続調査を行っています。その結果、5C24は、少なくとも山形県酒田市の最上川からウトナイ湖を経由して長都(オサツ)沼 (ウトナイ湖より北北西)まで「渡った」ことが明らかにされました。
 そしてこの冬。4月10日以降記録のなかった5C26、4月6日に浦臼町で確認された後に姿を消した5C25の2羽が現在、再び、湖岸で観測されています。繁殖期に道北やロシアで確認されたという情報はなく、果たして大陸へ渡って行ったかは不明です。(中略)さてこれから先は南下していくのでしょうか。それともウトナイにとどまり越冬するのでしょうか。その動きに注目しています。

注)標識調査は環境省の許可を得て、資格を持つ専門員が行っています。

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                                      2008.12.24

このような記事でした。次の日、保護センターの方に、私が2003年の冬に見たハクチョウは、この記事に書かれている個体なのか、たずねてみると、「飛べないハクチョウは他にもいるけれど、2003年に左の羽にケガをしているハクチョウであったならば、そうである可能性が高いですね。」と言われました。

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                                      2003,12.28

今、そのときの写真を見て見ると、確かに写っています。ハクチョウの寿命は10年ぐらいだそうのなので、私は、一目であのハクチョウ、とは見分けがつかないのですが、確かに今もここで暮らしているそうです。あのハクチョウが、立派に子育てし、子どもたちは「渡り」をし、あちこちに移動し、また生まれ故郷のウトナイに帰ってきているなんて。

レンジャーの方に「オスは、渡りをするのですか?」と聞くと、「ハクチョウは、ペアになると、一生添いとげ、子育ても一緒。夏の間もずっとオスもウトナイにいます。」と。

これには、またまた感心してしまった。「お父さん、ちょっと単身赴任してくる。」とか「長期出張してくる。」なんてことはないそう。

まわりと比べると、ふびんに思えたハクチョウが、鳥の一生のそれぞれのステージをたくましく、過ごしてきていたことに大きな安堵感。よかったよかった。

自然に任せ、時を待つ

こんな言葉で、このハクチョウのお話をしめたいと思います。

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