2020年5月26日 (火)

The Roses : White Drothy Perkins 2020

D7k_8991

少し、今年はピンクが入ったホワイト ドロシー パーキンス。

D7k_8996-1

ランブラーなので、昨年から伸びた枝をトレリスに結び付けておいたもの

D7k_9013-1  

左の鉢に入っていますが、隣のトレリスにも枝が伸びています。

 

D7k_8986-1

隣のバラ アカデミーオルレアンとホワイト ドロシー パーキンス。クレマチスも今年は花期が重なり、役者がそろった感じ。

 

| | コメント (0)

2020年5月18日 (月)

The Roses : Academy d’Orleans 2020

D7k_8934

マンションのバラが咲きました。フリフリとして、少しクリームがかった黄色。香りはTea。

D7k_8945-1 

今年は、冬に堆肥を混ぜ込むぐらいだったので、どうなるかなと思っていましたが、ちゃんと咲いてくれました。

花色は、補色対比になるように計画していますが、昨年は、このバラとクレマチスの開花期はずれていましたが、今年は結構いい感じ。

D7k_8948-1

Clematis 'Pretty pinwheel'

クレマチスも咲いてきました。まだまだ、咲きそうです。

D7k_8917-1

左側に植えたバラ ’White Drothy Perkins'もちらちら咲き出しています。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2020年5月14日 (木)

Veranda garden : スタンダードなビオラ

 

Img_5817

Viola 'Penny Azure Dawn'           Syngenta

ベランダのヴィオラもうそろそろ、終わりになってきています。

こうやって、飾るとやはりかわいい。

Img_5815

一度、手でつんだあと、改めて、下葉をはさみでちょんちょんと取り除き、口の広い、サイコロ状のガラス器に花の向きを見ながら、ポンポンと入れてみたら、窮屈そうにならないで、飾ることができました。

D7k_8663-1

植えつけ初期                   Dec.2020

昨年12月に植えつけた時。近所の園芸店が自分の農場で育苗しているので、5つで・・円みたいな感じで販売されていた中から見つけたもの。

よくよく見ると、世界的にも有名な品種が、あるので信用のおける品種を選ぶのが安心。

変わった品種もあるけれど、高い値段で飛びついても、厳寒期に花が上がらなかったり、あれれ、ということもよくあります。

 

D7k_8724-1

In April                   

冬中、草丈は低いながらも、花を絶やさず、4月、バラの新芽が吹いた頃。

D7k_8723-1  

透明感のある紫からレモン色にグラデーションする花色は、逆光下でもよく花色を見せてくれていました。

D7k_8870-1  

                      May.5.2020

だいぶ、密になってきました。

そして、現在、あちこち、飛び出してきて、それを間引くように切っています。

株元は、蒸れ、黄変した葉があったりするので、お掃除してやりました。

今週は、気温が上がり、私も熱中症になって、ひっくり返ったりしていたので、ビオラも今日は、ひっくり返っていました。

よく、がんばってくれたし、もうそろそろさようならかな、と思います。

D7k_8871-1     

Golden week中は、ビオラの横で、気分転換してました。     

| | コメント (0)

2020年5月 8日 (金)

The Roses :Jubile Imperial 2020

D7k_8777-1

Rosa 'Jubile Imperial' HT France,Andre Eve 2012 May.6.2020

ジュビレアンぺリアル咲いています。昨年よりも今年は色が濃い感じ。2019年の様子はこちら

D7k_8759-1

咲き出した時の様子              May.2.2020

D7k_8781-1

横から見た所                 May.6.2020

D7k_8834-1

                     May.7.2020

D7k_8854-1

ベランダのバラの中で一番若く、旺盛に咲いています。

D7k_8849-1

                      May.7.2020

今日は、花瓶に挿して、飾りました。

D7k_8858-1 

ラ フランス姉さんと一緒に。

| | コメント (0)

2020年5月 5日 (火)

The Roses : La France 2020

Img_5498

Img_5502

Rosa ’La France’ HT  Guillot,France,1867  May.2.2020

 5月2日、朝起きると、明るいピンクが目に飛び込みました。 

D7k_8769-1  

咲き進むとライオンの鬣のように広がります。

Img_5607

Pearl Pinkのリバーシブル。Damaskの香り。繰り返し咲き。

’La France'という名前が付くだけあって、いいバラだな、と思います。

  

  

 

| | コメント (0)

2020年4月23日 (木)

Container gardening : ふんわりパンジー

 

Img_5159

Pansy  Waraku apricot imp       Apr.3.2020

昨年12月にサカタのタネホームセンターで入手した小輪パンジー わらくアプリコット。

D7k_8739-1

Today                                                           Apr.23.2020

現在はちょっとピークを過ぎたかな、とは思いますが、今もがんばって咲いています。

Img_5158

                         Apr.3.2020

対で飾っているもう一方の方。こちらの色味の方がオレンジが入っている色合い。

D7k_8740-1

Today

かなりオレンジの色味が強くなってきています。

Img_4364

First                     Dec. 12.2019

最初植えこんだ時。昨年12月。

パンジー一株の両側にツルニチニチソウ。後ろに斑入りヤブラン。

このパンジーは、「冬も花上がりがいい。」というのが売りということで一冬、様子を見ていました。

確かに、低温期にも花が切れることはありませんでした。(今回は暖冬でもありましたが。)

タキイのパンジーで「インぺリアル アプリコット シェード」という品種があります。それと色の感じは似ています。花径は少し小さめのパンジーといった大きさ。

D7k_8742-1

バラやクレマチスも茂ってきています。ウォールバスケットは、バラの開花前後にペチュニアの入ったものに交換する予定。

| | コメント (0)

2019年12月15日 (日)

Container Gardening : クリスマスの寄せ植え 2019

Img_4370

Container for Holiday season 2019 Winter      Dec.7.2019

マンションのエントランスに年末年始用の寄せ植えを作りました。1年の中でも一番ゴージャスとしながらも凛として感じに仕上げたいと思って、植物を選びます。

お休みの寒い日。しっかり防寒して、作業しました。

 Img_4357

今年の鉢植えなどに使った用土を大きな鉢に入れ、雨の当たらない所にストックしています。残っていた古根などの有機質分はかなり分解されています。けれど、ここで鉢底石を確保したいので、ふるいにかけます。

いつもこの時、もうちょっとメッシュが大きいものが欲しい・・・。現在は、一番荒い目で6㎜間隔。これだと赤玉土と軽石がふるいに残り、手で軽石を取り出すという二度手間な感じの作業が・・・。自分でつくるしかないかな。

Img_4362

Deromaのリム ポット 37㎝ 明るめの色 同じサイズの色違いを3種類マンション用の寄せ植えに使っています。

ここに10㎝ぐらいを目指して、鉢底石を寄り分けて入れていきました。

Img_4359

最近、ずっと自然応用科学の再生土用の有機微生物入りのバーク堆肥を使っていましたが、今回メネデール社から出ていた「バイオマイスター」という商品を見つけたので、使ってみることに。

ピートモスベースに植物の生長に必要な各種栄養素N-P-K-Ca-Mg-S等が入っており、微生物や菌体も入っているそうです。

古土の3割ぐらい混ぜました。この時、入れ忘れたのですが、苦土石灰も少し入れるといいようです。

Img_4352

Helleborus niger

Violla × wittrockiana  Waraku series 'Eclipse'

メインは本当のクリスマス ローズ。ヘレボラス ニゲル。

パンジーは、サカタのガーデンセンターで初めてみたムラカミ シードさんのわらくシリーズのプチ グレース。

ローズ ピコティーというえんじ色で縁が白いビオラがありますが、そのお仲間のような感じ。英名はエクリプス。

株がドーム上にまとまり、冬の開花性がいい品種だそう。

Img_4376

背景にはローズマリー。手前のアイビーは白雪姫という白斑の面積が広いもの。花のようにも見える華やかなアイビー。

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2019年8月24日 (土)

Visiting a garden : 足立美術館

  Img_3878-2 

                                                       Aug.14.2019

足立美術館に初めて訪れました。この日は、翌日西日本を縦断した台風の影響で、強風が吹く中の夏の暑い日でした。

館内に入って通路沿いに白砂を敷いた一角に水の流れる鹿威し(ししおどし)がありました。黄緑色にモミジの葉が透けて美しい緑陰に夏の暑さを忘れるような場所。

ここは、少し外に出られ、水の音、風を感じれるので、一番印象に残った一角になりました。

子どもの頃に、遊びに行った古い庭のあるお家のことを思い出しました。そこで松ぼっくりを投げ合ったり、飛石の上をぴょんぴょん飛び越しながら、鬼ごっこをしたことなど、さんざん遊んだことを思い出しました。

この一角に工事中の看板があり、魯山人館を建設中ということでした。

Img_3883

The Moss garden 苔庭

川の流れのように白砂を敷き廻し、奥に続きながら両側にアカマツが覆いかぶさるように生えています。

  Img_3890

石橋を見ると、白砂は、水の流れ。松が盆栽のような仕上げ。

Img_3892-2

枯山水庭園

大きな窓から望める枯山水庭園。クロマツが小さく仕立ててあり斜面の緑につながっていく。

背後には山並みの借景。

ツツジ、サツキの剪定は年に8回行うようです。きれいなドーム型に刈られています。

朝早くに手入れをされるようです。

Img_3896

クスノキの大木越しに庭園を見る。

Img_3904

池庭

鯉が泳ぐ池。反射が眩しく、夏の庭の水景色としてホッとする庭でした。

足立美術館の庭はアメリカの日本庭園雑誌 The journal of the Japanese gardening

において2003年より第一位となっているそうです。

 

第2位は桂離宮。

足立美術館は、ガラス越しに観る庭園。桂離宮は実際に庭を歩いて、楽しむ庭園。

そういった面で、楽しむ内容は違います。

 

私が庭を訪れる楽しみは、視覚だけでなく、風や鳥の声,虫の音など自分がその場所に滞在したという記憶を刻むもの。

| | コメント (0)

2019年8月22日 (木)

Visiting a garden : 桂離宮 Katura imperial villa

Img_3769-2_20190822140701

古書院 月見台付近からの眺め  中秋の名月は南東のこの方向に浮かぶ。

                      Aug.6.2019

いつか行って見たいと思っていた桂離宮。とうとう、行くことがかないました。

この日は、台風の影響で、風があり、雲も多く浮かぶ夏の日差しがじりじり暑い日。

写真のような眺めとなる古書院は、1615年(江戸)に最初に桂川の水を引き入れ、別荘庭園を八条宮智仁親王が作らせた時からのもので、今でも桂離宮の中心となっている場所です。

月の名所として古来より有名であった桂で中秋の名月を観るのに合わせて、建物の位置、月見台、池の位置、植栽を配しています。

今では、桂離宮の周辺も住宅が増え、ここからの眺めを維持するために、植栽で覆うなどの手立てを取っているそうです。

Img_3747-2

 州浜より天橋立を望む              Aug.6.2019

見学順に紹介すると、こちらは、智仁親王の子 智忠親王が1642年に作らせた辺りです。増改築を自分の婚儀に合わせて行っています。

前田家出身で徳川家の養女となった妃であったことから、故郷の景色を表現しようと海辺の景色や天の橋立に見立てた石橋を造ったそうです。

Img_3751-2

松琴亭                     智仁親王期

この建物は、室内も見学可能な場所。いろいろと工夫された意匠を見ることが出来ました。網代戸の焦げ茶色になった古びた色が襖の藍色と合います。和紙は、妃のお国の加賀奉書と呼ばれる和紙を使っています。市松文様は、正方形の格子ではなく、長方形でかなり大きい。よく考えてみると、襖の縦横にちょうど収まるよう格子の幅は等分したから、長方形になったのかな。

Img_3755-3

松琴亭の石炉

松琴亭は、特に面白かった亭で、茶室もあるし、池に面して水屋や炉が作られた板の間もあり、こんな場所で「おもてなし」をするのもされるのも楽しそうだな、と思う場所でした。写真の石炉も面白い。ここでは、料理は作らないのですが、池の向こうで作らせた食事を船に乗せ、ここに運び、食べるまでの間、この床の間ほどの面積で床を掘ってある場所に炭を入れ、料理を温めたという場所。

壁には煤がついています。そして、戸袋が上部についていますが、そこに葦にとまるカワセミなどの水墨画がさらりと描かれていました。

娘が「かわいい!」と言うと、ガイドの方が「これは、狩野探幽!」「えー!」と思わず、叫んでしまいました。

後から、調べると幕府の御用絵師である狩野派三兄弟が桂に来て、中書院の襖絵など(未公開)の仕事をしていました。

Img_3759-3

賞花亭の手水鉢

山の景色を表したいう大中島は、樹木も針葉樹を植えてあり、山道に見立てた斜面を登ると賞花亭という眺めのよい建物に着きました。実際にあった茶屋を移築し、今でいう展望台休憩所のような開放的な造りで、見学者の人たちと一休み。

立ち上がり、斜面を下りながら、いい形の手水鉢を見つけました。枝垂れかかっているのは、ハギでしょう。もう少ししたら、花が咲きそうです。

この手水鉢、これも後から調べてみると、五輪塔の水輪の転用だそうです。きれいな鉢形で思わず目を引いてしましました。

Img_3760_20190822162401

古書院に続く土橋付近より

桂離宮と聞いてイメージするのはこの書院の美しい屋根の形。

正式には杮葺き入母屋造り(こけらぶきいりもやづくり)というそうです。瓦の屋根の重厚さに比べ、杮葺きは、簡素。ヒノキ、スギ等の木を薄板にして、少しずつずらして屋根に留めていくもの。

Img_3947-2

書院前の広場は、現在は芝張り。本を読んでいたら、昔は白砂敷きであったと書いてありました。

ここで、蹴鞠をしたそうです。また、これだけの広場があるからまだまだ増改築可能であったということも書いてありました。

床が高いのは、桂川の氾濫で浸水の可能性があるのでこのように上げているのだそうです。

でもこの姿が、用途や大きさなど全然違いますが、コルビジェのピロティのある建築とも似ているように昔から感じていました。

そこには、立面図の縦横の比が西欧の建築に多く使われているバランスの良い黄金比を含んでいることを宮元健次氏の本で知りました。

Img_3774

真の飛石

書院に上がるための玄関に通じる飛石 いろいろなルートが交錯している場所ですが、お客様はこちらをどうぞ、と石を変えて表している所。

このパズルのように組み合わせている飛石部分も黄金比が使われているそうです。

黄金比を使っている建築物としては、法隆寺、薬師寺があるそうですが、それ以降はなく、この桂離宮に突如として多用されているそうです。

それには、智仁、智忠親王とも妃がキリシタンと関係にある家の出であったことも西欧の文化を柔軟に取り入れようとする気風を持った家で

あり、西欧の建築や造園に関する情報を宣教師から教えてもらったという事実があったそうです。

黄金比の他、遠近法なども限られた空間により距離感や立体感を与える工夫がそれとは分からない調子でほどこされている庭であるそうです。

指揮をとったのが智仁、智忠親王であったという説と桂離宮でも出てきた幕府の宮廷付き工人であった小堀遠州説とがあるそうです。

Img_3773-2

Pinus densiflora                  

最後に桂離宮の全体生垣も含めて、植栽管理がとても良いなと思いました。

私が今まで訪れた庭の中では、一番です。桂川の氾濫源ということも土壌がいいのか、植物が活きいき育っていました。

この松の緑が夏の光の中、輝いており、印象に残りました。

また、別の季節にも訪れたいなと思いました。

 

| | コメント (0)

2019年8月21日 (水)

Visiting a garden : 龍安寺

 Img_3710-3

Ryoan-ji    Front gate                        Aug.6.2019

朝早く、家を出て京都へ。真夏の市街地を抜け、10時過ぎには臨済宗妙心寺派の龍安寺に到着。緑陰に覆われた山門の前に立つと涼しい風と虫の音で、一気に避暑地に来たような気分。そもそもこの場所は、北側は衣笠山などの山々に覆われた場所で、古くは墳墓、平安時代には藤原北家の徳大寺実能が山荘を構えた場所。

Img_3711-5

Nelumbo nucifera

山門脇の水鉢に植えられたハスの葉が清涼感をもたらしていました。

Img_3735-2

太鼓橋のかかる鏡容池。大きな池泉式回遊庭園になっています。ピンク色のスイレンや白いハスの花が咲いていました。モネが見たら、びっくりするだろうな、と思うほど、睡蓮がいっぱい育っていました。

Img_3716-2

庫裡 Kuri

石段の先に大きな切妻屋根に木組みの柱や梁が白壁にくっきり見える禅宗寺院特有の庫裡と呼ばれる建物が現れました。山荘に到着したような安堵感。このまま、宿泊したいような感じでした。

Img_3720

素足で方丈に入ると、緑の中、石庭が現れました。花崗岩の風化した石英、長石の多い白川砂を敷いているので、反射光の眩しい瀬戸内海の真夏の海景色にも見えました。

Img_3721-2

みんな縁側や回廊に座って静かに枯山水のお庭を見ていました。大きな石は、裏山の墓陵に使われていた墓石がくずれたものが使われているそうです。

墓石を見つめる=「死」を見つめること、「無」を表現しているとされています。僧侶たちは、この墓石を見ながら「無」=「永遠不滅」という悟りの境地を追求したということです。

こうやって、人間の歴史をはるかに超える時間をかけて、作られた石を見つめることは、人間の存在について改めて感じさせてくれる時間になったと私は思いました。

Img_3717

じっくり見ていくと、入ってすぐの石の大きさは一番大きいものを据えています。これは、絵を描く時に「手前を大きく、奥のものは小さく描くと遠近感が出る。」というのと同じで、限られた空間の中で、錯視によって遠近感を強調させる手法で石組がされています。

また、宮元健次氏の著書によれば、この石庭の縦、横の比率は、黄金比を利用しており(幅24m、奥行き10m)、その対角線上に石組が配置されているそうです。不定形の石なのでランダムな感じがしますが、実はかなり意図を持った配石。

Img_3731-2

油土塀の南面側面

菜種油を混ぜて いるという油土塀の色は、弁柄色とベージュの中間色でした。これも方丈から見た時、通常の塀よりもとても高さが低い〈1mぐらい)なのです。外側のグラウンド レベルはぐっと低い。石庭の乾いた空間に緑のフレームが見え、潤いを与えていました。

油土塀の屋根の瓦をふと見上げると、室町時代に龍安寺を作った細川家の五七桐紋が見えました。白壁の方は新しい。

Img_3718-2

土地の勾配が方丈に向かって傾いていたり、(奥が高い)左側塀が低まっているそうです。これは、空間も先細っていく遠近法を使っているとのこと。言われてみれば、そうだなと思いますが、何も知らないと気付かない感じ。

本を読んでいて、「勾配が方丈側なら、庭に降った雨は方丈の方に流れてくるのでは?」と不思議に思いましたが、現地に行って見てみると、ちゃんと排水のための溝があり、黒い玉砂利が敷かれていました。

こんな工夫が、とても面白く、感じられ昔の人の知恵に感心しました。

作庭の歴史を改めて帰宅してから書物で読ると、

寺院の南庭は、儀式を行う場所であり、石組や植栽をすることは、禁じられていたそうです。(平安時代『作庭記』)しかし、儀式の場が広縁や室内に移行するに従い、南庭は使われなくなり、1619年の寺院制度の改正により、木や石を持ち込むことができるようになったそうです。龍安寺のように南庭の平庭に枯山水式庭園を作庭するようになったのは、江戸時代以降だそうです。

Img_3724-2

『都名所図會』  1780年  離島軒秋里

方丈の中に江戸時代に出版された本の写しが置いてあり、写真に撮っておきました。よく見ると、現在の方丈と枯山水の庭とは違う絵が描いてあるのに気付きました。

図の上の中央に方丈がありますが、廊下のようなものが現在の庭の中央に通っています。現在の庭の場所は、2つに分けられています。

寺のパンフレットによれば、『1797年、火災により方丈、仏殿、開山堂などを失った。現在の方丈は、そのとき西源院の方丈を移築したものである。』とありました。

このことを考えると、油土塀の色が真ん中のあたりが黒くなっていたのは、この火災の跡なのかと思いました。この火災の後、廊下部分をなくし、幅広の敷地に現在の石庭が作庭されたということです。

では、「この石庭を作ったのは誰なのか?」ということになると、諸説あるそうです。

この石庭の作られた年代は1619年から1680年の間。その時期に作庭した可能性があるのは、金森宗和。なぜなら、西源(龍安寺敷地内)の石庭を作庭したという文献があるからです。

それを1797年の火災の後、西源の方丈を移築し、枯山水の庭も移設?

ここが、はっきりしない。庭の面積も違う場所へ重たい石を運んで移設?と私も考えます。

宮元健次氏は、遠近法、黄金比の活用、借景などの手法からその当時、宣教師から西欧の技術を伝えられた宮廷付き工人であった小堀遠州ではないか?という説をあげていました。禅宗信者でもあった遠州。

しかし、文献には龍安寺作庭に遠州が関わったという記録がないそうです。

遠州がすべて仕事を記録していたわけではないという他の例を見ても、遠州の関与が伺われるようですが、遠州は1647年に亡くなっていることから、1797年の火災後の現在の石組の作庭には関われない・・・のでは、と思ったりもします。

 

 

 

☆参考文献:宮元健次著 『日本の美意識』、『京都名庭を歩く』光文社新書、『日本庭園のみかた』学芸出版社

| | コメント (0)

より以前の記事一覧