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2024年6月17日 (月)

About An Artist : シアスタ―・ゲイツ展 アフロ民藝

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Theaster Gates AFRO-MINGEI     Mori Art Museum

 NHKの日曜美術館の展覧会の紹介コーナーで知った六本木 森美術館で開催中のシアスタ―・ゲイツの展覧会に行ってきました。

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A Heavenly Chord                                                        2022 

会場の入り口には、この作品展についての彼の序文があり、彼の考えが語られていました。ゆっくり一読して会場に入ると、彼が作った彫刻作品や壁面に飾られた立体作品、インスタレーションでその展示空間に合わせて再構成されたものがありました。よくよく見ていくと、それは、人々が踏みしめてきた床材で作られた十字架であったり、多くの人が祈りを捧げるために集った教会の椅子と讃美歌を歌うために使われたハモンド・オルガンやスピーカーであったり、彼がその時々に出会った捨てられそうなものを「意味のあるもの」として見出し、再構成した作品でした。会場の床は、この展覧会のために常滑で焼かれた微妙に焼き色が違うレンガタイルが敷き詰められていました。

 彼は、1973年、シカゴで生まれのアフリカ系アメリカ人。大学で彫刻と都市計画を学び、2004年、愛知県の常滑市で陶芸を学ぶために来日。様々な文化への理解を深める中で、特に日本の柳宗悦による民藝運動「無名の工人たちによって作られた日常的な工芸品の美しさを称える運動」が、60年代、70年代、80年代のアメリカでの ”Black is beautiful” というスローガンの元、西洋中心主義の中で自分たちのアイデンティティーであるブラック・カルチャーを自分たちが大事にしていこうとする運動と重なったといいます。それ以来、自分が陶芸の作品を作るだけではなく、今までの自分たちの文化を発掘し、再評価し再構成していくという過程を通した作品を発表しています。

彼の活動を紹介したパネル展示の中で、感心したのは、自分の作品を売ったお金で、シカゴのサウス・エンド地区の取り壊される建物を買い取り、本を収集して、本棚を作り、地域の人が集まる図書館のようなコミュニティー・スペースを作り出していったというプロジェクト。これが最初で、その後もこの地区には、少しずつ、資金を作っては、そのようにそこに住む人たちのためのスペースを作っていったそうです。

芸術がアーツと日本でも呼ばれ、テレビに映って歌う人を「アーティスト」と呼ぶようになって、何か大衆に受け、お金を稼ぎだしている人が「アーティスト」となっていることに、違和感を感じていましたが、彼の活動は、まったく違います。同じ人間として見習うべき部分がたくさんあります。いつの時代でも人間が目指してきた「人々が日々を幸せに暮らしていける世の中を作りたい。」という目標のためのアーツなのです。

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Black Library & Black Space

 展示室の天井高いっぱいまで使って作られた無垢板の本棚も、圧巻でした。思わずいいな、と思い近づくと、「自由に取って読んでいいです。」というメッセージが書かれていたので、私は、いくつか私にとって面白そうな本を、引っ張り出してみました。それは、焼き物のテクニック本で釉薬の化学的組成をレシピのようにまとめた本でした。それを見て、「釉薬の配合を変えて、焼き物を作ってみる、なんてことをやってみたいな。」なんて思ったりして、一気にまた新しい世界の扉が開かれたような気がしました。

この本は、亡くなった人の蔵書を彼が収集、保存し、彼自身もそこからヒントを得たり、多くの人に図書館のように閲覧できるようにしているコレクションでした。わざわざ、アメリカから膨大の数の本を森美術館の53階まで上げているわけですが、その昔の本は、アメリカのブラック・カルチャーを形作ってきた一翼を担うものであるし、誰かの生きていくヒントにもなった本として愛読されたもの。これから手に取る人にも何かのヒントになる可能性を持つものとして、これを保管公開し、作品として位置づけていました。

これは、まさに中国の孔子の『古きを温めて新しきを知らば、以って師となるべし』という言葉を具現化したような本棚。

 「年表」の展示では、アメリカ史と日本史の出来事と民衆の運動、工芸に関わる事項が組み合わされた形で作られた年表でした。特に印象に残ったのは、日本の民藝運動の動き、アフリカ系アメリカ人の運動の歴史が書き込まれている所。民藝運動の歴史のみをまとめた年表ではなく、ミックスさせた形で見ると、今まで自分が気づかなかったことに気付いたような気がしています。それは、今まで日本の「民藝運動」は、西欧化の反動、機械化による大量生産への警笛と考えていました。しかしそれだけではなく、日本が軍国主義に傾き、諸外国との戦争の中で両方の人間の生命が脅かされる異常な状況への反動として生まれた思想であったのではということに気付きました。きな臭い状況と時代が重なっていると思いました。戦国時代に殺伐とした戦の中、心の平安を求めるべく、真逆の文化であるわび茶を千利休が大成していったのと、同じような動き。柳らの民藝運動は美しいものを集める趣味的なものではなくて、ものを作った一人ひとりを、人間の命を大事にするという意味をも隠し込めていた運動であったのではないかと思うようになってきました。

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最後の部屋は、亡くなった常滑焼の陶芸家の方の持っていたその方の膨大な作品を保存展示した棚があり、何やら重低音のイケイケ・ビートの効いた音楽が流れ、キラキラオブジェが回る昔のディスコ (クラブ?行ったことがないけれど)のような空間でした。しかし、バー・カウンターの裏の棚には江戸時代の日本酒の徳利が天井まで並ぶ渋いコーナーになっていました。一つひとつがろくろ作りで作られ、名が筆文字で書かれていました。名もない工人の手仕事によって機能的に作られたお酒を入れるのにちょうど良い徳利の膨大なコレクションが飾られたミックス・カルチャーなこの場所は、私達自身が忘れてしまっているこの日本で懸命に生きた人々の技を今に伝えるものでした。

アーツとは本来、人が記憶をたどりながら、手を動かし、新たなものを作りだすこと。そして、それを見た人の記憶を呼び覚まし、共感を呼ぶもの。

 

 

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