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2022年1月10日 (月)

Visiting a place : 神奈川沖浪裏とドビュッシー

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城ヶ島 Jyoga-shima                                Dec.30.2021

 年末に三浦半島の城ヶ島の海岸から寒さの中、強風で荒れる海を見ていたら、凄まじい景色が脳裏に焼き付いて、お正月はドビュッシーの交響詩『海』~風と海の対話~ を聞きたくなりました。

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Debbusy  ”La Mer” 1905年

音楽をかけると、その時の気分にぴったり。今までも聴いていたのに先日の冬の荒れ狂う海の景色を克明に音楽に表現できていることがわかりました。

ドビュッシーは、北斎の絵を見て ”La Mer” 交響詩『海』を作ったことは、有名ですが、日本に来ていないのにすごいなと繰り返し、聴いていました。

遠く離れた国の作品でも、人間お互い共感し、また新しい創造力で何かを生みだそうとする力が人間にはあると改めて感じました。感動がつながってより素晴らしいものができてきた。上昇らせん構造。

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遠くに富士山。

こうやって、荒々しい岩と荒れ狂う波を目の前に興奮して北斎は、下絵を現地で描いたように思います。この時の冠雪は、少し絵の時期よりも雪が多くなってきていました。

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和田長浜 佃荒崎から見た富士山       Oct.25.2021

 昨年10月に和田長浜に行った時に三浦半島南部の海岸の三崎層と呼ばれる泥岩と凝灰質砂岩、凝灰岩の互層の波で削られたゴツゴツとした岩場を歩いていると相模湾の向こうに富士山が見えました。

その時、はっと「北斎が下絵を描いたのは、このあたりかも?」という考えがよぎりました。絵を描くために座るのには、ちょうど良い岩もあり、「私ならここに座って富士のスケッチをするな。あとで、北斎の絵と比較してみよう。」などと思いながら、帰ってきました。

家でもスマホの写真なので、拡大しても画像が良くないのと、冠雪量が少なかったので、よくわかりませんでした。またもう少し雪が降った冬にいきたいな、と思いながら、12月はこの場所には行けませんでした。

しかし、今回本腰入れて絵に重ねてみることにしました。

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北斎の絵を半透明にして、2021年10月25日の写真を重ねたものです。写真は、北斎が他の絵でも行っているように実際の見え方を引き伸ばしたりする手法で縦、横に圧縮するように調整してみました。

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すると、一番白く見えるこの日の冠雪の位置に比べ、北斎の絵はもうちょっと下まで冠雪していますが、ほぼ谷の位置が同じであることがわかりました。

そして左の荒波の付け根の青く表現されている部分が箱根の山並みと重なります。

描いた場所について諸説あるようですが、なんとなくその場所の気配を感じたことから発展した一つの仮説です。

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ルーペで富士山を縦長に変形させてみたりもしました。

私が考えたのは、現地で描いたスケッチから本作をどうしようかと変更して描く自由さを北斎は持ち得ていたので、この箱根の山並み線を使って弧をいくつも描きながら、拡大させ、大波に立ち上げていくアイディアを思いついたように感じます。欄間彫刻の伊八の影響もあったことでしょう。

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右上:葛飾北斎 『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』1830~33年頃

右下:年賀状に使った主人が撮った写真 富士山と私 波のように縞模様を持つ立岩の曲線が波のよう

左下:2017年の国立西洋美術館『北斎とジャポニスム』展チラシ カミーユ・クローデル 『波』

ジャポニスムは、日本の浮世絵や工芸品がフランス中心とした西洋に影響を与えたことを言いますが、その前に、絵の表現に関して貪欲な北斎は蘭画の風景画、植物画より遠近法、陰影法、細密描写など取り入れていきました。

ここが、それまでの表現とは違う浮世絵を北斎が編み出し、西洋でも受け入れられる下地になっていることも忘れてはならないと思います。

 

 

 

 

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