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2020年2月14日 (金)

My favorite desserts : C&Fのショコラ

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C&Fのチョコレートは、気まぐれに作られるので、食べられる時もあれば、食べられない時もあります。

今年は、家族のリクエストにお応えする心の余裕もあり、操業。2014年の記事はこちら

基本のレシピは、文化出版局刊 『ル・コルドン・ブルーのフランス菓子基礎ノート サブリナを夢見て 2』

               『ル・コルドン・ブルーのフランス菓子基礎ノートⅡ サブリナを夢見て 2』より

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今年の新作は、手前のルビー色のカカオ豆を使ったハート型のボンボン ショコラ。

中には、カシスのジャム,チョコレート、生クリーム、フランボワーズリキュールのガナッシュを入れました。

このピンクのハートちゃんは、人工色素や香料を一切使っていない、ルビーチョコレートを初めて使いました。

味は、甘酸っぱさと天然のざらっとした溶け心地の中、甘味が残るチョコレートで、ホワイトチョコレートをピンク色の染めたものとは、口当たり、味とも違うものでした。

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いつも作るものも、どうしても久しぶりに食べたいなーと思うので、作り、今年はこの6種類。

右上のアーモンドダイスをまぶしたロッシュは、アーモンド プラリネとミルクジャムが入って、今までよりも柔らかく仕上がりました。

作ってからグラシンカップに入れ、箱を探したり、あれこれ大変。

お重におせちをつめるような感じ。

実家や近所のお友達、大きくなった子どもたちの友チョコ分、なんとか分けて12時前の終了。

こうなったら、オリジナルの箱を作るしかない!などと事業拡大を妄想しながら、また、C&Fは、操業休止。

 

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2020年2月11日 (火)

Visiting a place : 高知 和田城址

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   Sameura dam                                        Aug.2018

2018年 高知県早明浦ダム周辺 土佐町和田に行ってきました。子どもの頃から、母から聞いていた「高知の山奥」という祖父の出身の場所。

早明浦ダムという名前は、中四国地方の天気予報でよく降雨量が多いことで地名が出る場所で、まさかこの場所に自分が縁があったことをここ最近知ったという次第。1975年、ダムが作られたためにこの谷にあった周辺の村は水没となったそうです。

その村々には、和田を姓とする家々が多く、鎌倉時代よりここに移り住んできたということです。自動車で前日より、高知に入っていましたが、高速道は雨のため通行止め、吉野川沿いの急流沿いの国道を上っていきましたが、かなり山深い場所。皆を連れて歩いて入っていったことを考えると、追っ手が絶対来ないような場所としてここに来たことがわかりました。香川県の現在豊浜町 和田浜という場所に一時、一族が住んでいたところを攻められ、さらに高知の山奥のこの場所まで移り住んだという話が石碑に刻んであります。城のあった場所は、東西に尾根が連なる場所で、南側の斜面は絶壁、北側が針葉樹林の山林。

和田合戦の後の『吾妻鏡』にも「和田の残党」という箇所があり、各地に散らばった和田一族が北条にとっても脅威であったことが書かれてありました。

今も地名にも和田という場所が残っていますが、高知県は和田さんが特に多い土地だそうです。

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ダム湖の南側の山の上にあったという和田城址と墓所や神社が目的地。急斜面の林道を車で上っていきました。インターネットのサイトで見つけ、どんなところか何度もイメージしていた場所。小学校の建物が見えました。

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この看板も訪れるのに参考にさせてもらった方の記事に載っていた看板。あった!

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あった!山林を和田家が寄付して整備している場所に石碑がありました。整地され、車も止められるようにしてありました。家紋は、三浦半島和田氏と同じ。母の家の紋。母も何度か墓参りに高知には行ったことや従妹のお兄さんの名前を寄進者の石碑から見つけ、「この人知ってる!」等、ここでしか出ない話も聞けて、やはりこの土地に住んでいたのだと改めて感じました。

この先、和田若狭の守の墓などがある神社がありました。ここの築城主は、和田義直とされています。そして、墓には「若狭守和田の墓」と彫られています。義直が若狭の守をしていた時があったのか、調べてもインターネットでは現時点ではわかりませんでした。

ただ、福井県に「若狭和田市」は現存し、記録の中で鎌倉時代北条氏が守護を務めた記録は、出てきました。

ということは、素人の推測ですが、1213年の和田合戦以前の守護を和田が務めており、和田氏が鎌倉を出たあと、北条氏が担当したのでは、と考えたりしています。どなたか教えてください。

鎌倉においても和田の領地を和田合戦後、北条氏が自分の領地にしています。

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そして、気になっていた和田に代々伝わるという刀の石碑もありました。

「幻の刀剣」というサイトに行方不明として載っていた和田義直が持っていたという刀、素人ですが、「これなんではないかな~?」と勝手に思っているもの。直刀なのです。

山の稜線にあったという西の城跡にも行ってみました。右側に早明浦ダムがある位置関係。

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そして、吉野川源流の神をも祀っている子安神社がありました。想像していたより大きな神舎でした。

さすがに降雨量の多い場所なので、社の材の傷みが気になりました。大きな避雷針も立っており、湿った空気がこの辺りの山にぶつかって雨となる四国の山の中の様相は、しっかりと肌で感じることができました。

祖父は林業の勉強をするために明治時代 札幌農学校に行きました。

この地には、戻ることはありませんでした。でも先祖が800年住んできたここを私たちが訪れたことは、きっと喜んでくれているだろうと思っています。

 

 

 

 

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Maintenance : Classic Coach の金具の交換

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たぶん1990年前後、今から30年前に気に入って買い求めたCoachのショルダー バッグ。

Glove leatherで作られた厚手の一枚皮を縫い合わせたもので、質実剛健な造り。Classic Coach とか Vintage Coach とアメリカでは分類しているよう。この頃のシンプルな革のカバンのイメージが良かったのですが、時代に合わせてデザインや素材も変わってしまいました。

子どもが小さかった頃は、大きなトートバックばかリが必要なバックで、いつの間にか使わなくなりタンスにしまっていました。

2年前の夏、久しぶりに出して旅行に持っていったのすが、帰って手入れしていたら、真鍮の留め具の足の部分が折れてしまいました。

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右の部品の左の部分の足が折れてしまった。

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しばらくは、再びお蔵入り状態でしたが、先日アメリカでこのようなケースに対応する部品が販売されていることに気付き「やった~!」と思い、購入しました。ちょっと、右上の裏金の形状が違ったのですが、購入者のコメントでは、製品にぴったりで交換出来たと書かれてあったので、思い切ってアメリカから送ってもらいました。

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前の金具を差し込んでいた切り込みにピッタリ。

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裏金を裏から当てて、金具の足をラジオ ペンチで折り曲げて、固定しました。

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しっかり取り付けられました。裏金の形状の違いは、以前の改良型になっていることがわかりました。

折った足の曲げの厚み分を吸収する裏金にしてありました。

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蓋の金具も交換できますが、こちらは、以前のものをそのまま使うことに。穴の形状が新しいものとピッタリ合いました。

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何事もなかったように完成。日常持つには、荷物がもう少し入るものがいいのですが、旅行の時に大きな荷物は預けておいて、貴重品プラスαぐらいのものを持って、歩き回るのには肩からぶらさげておくのに便利。

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持つ自分もOldなので、カバンもOld vintage style でいいかな、と思えるほど、流行には大いに無頓着=自由な気持ちを楽しめるようになってきました。

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