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2009年5月30日 (土)

The Cinema : 夏時間の庭 : L'Heure d'été

05293

先日、久しぶりにパパと映画を見に行きました。十何年ぶりでしょうか。オルセー美術館が収蔵品を貸し出し撮影協力したということでも話題の映画。チラシの写真もきれいだったので、どんなお庭が出てくるのかな、なんて絵的なことに興味を持ち出かけましたが、ストーリーに引き込まれそれらは、すべて自然な背景。

映画の感想は、家族のことを描いた作品だったので、いろんなシーンが自分と重なる話だったな、と思いました。

音楽も気持ちをチェロの低音の響きや、ピアノの音色がたどるように表現しているところなど、涙がじわりじわりとにじみました。たぶん、サウンド トラック版があれば、また、涙が出てしまう。あらすじや画像など公式ホームページで見れるので、そちらを。

いろいろな視点からの感想は、あるけれど、特に美術の面でのことを。

オルセー美術館で展示されている自分の家にあった大叔父や母が好んで使っていた机やガラス器が展示品として置かれるようになり、それを観賞する人たちが斜め見しながら通り過ぎるのを見て、主人公たちが寂しく思うシーン。

このシーンは、印象的だった。改めて作品の一つひとつには、このようなエピソードがすべてについていることに気づかされた。

母親が使っていたガラスの花瓶も母の家で、庭の花を飾り、お気に入りの場所に置かれていたときの美しさを知っている家族にとって、主から離れたモノは、輝きを失ってしまったようにも思えるでしょう。

逆に同じ作家のガラスの花瓶を形見分けとして、いつも女主人のために花を生けていたお手伝いの女性が、価値も知らないまま、と大事そうに家に持ち帰るシーンもあった。

これも一つのモノにとっての新たな道。思い出とともにその美しさをわかってくれる人に使われるという幸せな道。

評価されたものが集まる美術館。だけど、その中の一つひとつすべてを直感的にも知的にも価値を見出し、本当にいいと思える人はどれだけいるのだろうか。

オルセーの場面は、美術館の側からもモノだけの陳列にすべてを語れないことをを示唆していて、興味深いシーンだった。

しかし、展示の中から、自分にとって美を発見する人もいるわけで、そのような機会になれば、展示品も新たな輝きを加えられることになる。

個人の手にある作品が公開され、あらたな評価を受けることで、それは、立派な「美術品」となっていく。

パパが「美術って何?」と聞いてきたけれど、「人間が美しいものを作ろうと格闘した歴史」と答えた。

その営みに敬意を払って、作品を見ていきたい。天窓により自然光あふれるオルセー!私は、好き。
また行きたいな。


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