2019年11月 7日 (木)

About Pottery : 読谷村焼 北窯

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四方皿

 沖縄の読谷村の北窯で焼かれている四方皿。青磁色の釉薬が円形に5つ、ボンボンと置かれなんだか愛着を感じて、家に持って帰ることに。D7k_8550

かわいい。縁の地色が見えている所も味があるなぁ。

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土の色が焦げ茶色。型を使って成型している。何をのせようかなと考え、ナスの糠漬けを切ってのせてみた。

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ギャラリーでは、この焼き物を作った沖縄の読谷村・北窯のことを映画にした作品を上映していたそうです。このパンフレットには、『1972年沖縄本土復活後、かつての不発弾処理場は、沖縄文化を象徴する”やちむんの里”として生まれ変わった。』と書いてありました。

大らかな絵付けは、海に囲まれ、暖かい気候で植物が大きく育つ沖縄の自然を目にして過ごす人々から生まれるものであると思いました。

私は沖縄には行ったことがないけれど、数年前に日本橋の高島屋で行われた型染めの芹沢圭介さんの展覧会で太平洋戦争前の沖縄の島の絵地図の作品があったことを思い出しました。

芹沢さんは、沖縄の紅型染めにとても影響を受け、しばらく沖縄に滞在して制作。

その時に沖縄の各地域の山や特徴を美しい色彩と形で型染めにした作品を作ったものでした。最初、何気なく見ていましたが、よくよく考えるとこの平和な島がその後戦場となり、多くの人が亡くなり、そこにあった営みも破壊されたことやその後の米軍基地の存在等、この絵地図の中の自然と暮らしは大きく変わってしまったのだ・・・と。作品の前で何度も溜息をつきながらその美しい絵地図をじっと見ていました。

今回、そのことを思い出しながら、現在の沖縄で作られた大らかな焼き物に出会い、私は沖縄の自然を感じながら元気をもらったような気がしています。

 

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2019年10月25日 (金)

暮らしの中のMy Work : カッティング ボード

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今日、一気に仕上げたカッティング ボ―ド。溝をけずりました。パンくずがたまる、と言われますが、焼いた肉の塊を切る時など肉汁がでてくる料理にもこのような溝があると便利。

昨日、鎌倉のもやい民藝さんに行って、昔、雑誌に載って気になっていたカッティング ボードの本物を見させていただきました。思ったより溝の幅が太く、深かった。鳥取の民藝の運動を進めた吉田璋也氏の審美眼で作られていった品々がその雑誌のページには紹介されており、いつか鳥取を訪ねたい、そしてカッティング ボードも…と思っていました。

思わず、憧れの品をお家に持って帰ろうかな、とも思ったのですが、実は、彫りかけて途中で彫るのが硬くてストップしていた板があることを思い出し、昨日は欅で作った急須皿のみ購入し、失礼した。

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これがその板、数年前に購入して使っていたパイン集成材。直径30㎝。

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前回、彫った跡がありますが、今回は、本物を見させてもらったので、頑張ってみることに。

直径24㎝と25㎝のお皿を使って、円形をえんぴつでトレースしました。

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直径23㎝の皿はなかったので、フリーハンドでもう一円描きました。

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薬研彫りというⅤ字形に切り込む彫りを行います。真ん中にしっかり切り出しで切り込みをいれます。

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切り込みに向かって、平刀で真ん中の切り込みに向かって斜めに彫っていきます。Img_4174

縁の部分も元のカーブを下げるように彫りました。

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サンド ペーパー80番と400番でしっかりやすりがけをしました。この白い砂のサンドペーパーはお気に入りです。少し高いけれど、きれいにやすりがけ出来るし、もちもいい。

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音楽を聴きながら、集中して5時間ぐらいかけて完成。新しく彫った部分に白い胡麻油をしみこませておきました。

 

 

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2019年10月 7日 (月)

Visiting a place : 厳島神社 

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私が実家にいた1991年、台風19号がこのあたりを襲いました。記録を見ると、カテゴリー4のスーパータイフーン。最低925hPa、最大瞬間風速58.9m/s.

夜にかけてひどくなり実家の窓が割れて、板戸で吹き込む風を必死で押さえたことを思い出します。停電になっていたので風が収まった時、懐中電灯で家のまわりを照らしてみると、瓦が家のまわりにいっぱい割れて落ちていました。玄関に入れていた犬もより安全なお風呂場に自分で逃げていました。

ショックで眠れないまま、夜が明けるとものものしくヘリコプターが2~3機宮島上空を飛んでいました。そして、宮島を見ると、いつもと違う厳島神社の様子が対岸からもわかりました。どこかがおかしい!ご近所も瓦やスレートが飛ばされ、屋根にかなりの被害が出ていました。

がっかりしながら家に戻ると、ヘリコプターからの映像がNHKの朝の番組で流れていました。屋根が落ちてぺしゃんこになっていたり、灯篭が倒れているのが上空からの映像からもわかり、被害の大きさがかなりひどいことが徐々にわかってきました。

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特にひどかった能舞台              Aug.16.2009

背後の弥山から吹きおりてきた通称「弥山おろし」によって風が巻き上がり、能舞台の屋根を下から突き上げたことにより壊れてしまいました。

それからかなりの期間、神社はいたるところがブルーシートで覆われ、時間をかけて修復が行われました。国宝に指定されている建物が多く、なるべく元の材料を使って修復するという努力が数年にわたって行われました。

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あの時のことを思うと、現在何事もなかったように世界遺産として多くの海外からの観光客を迎えながら、海上に美しい姿を見せているのを見ると、多くの人の手があるからこそと思うのです。

今も時々いろいろな修繕工事が行われていますが、あの台風以来、そういった営みに気付くようになりました。建て方で工夫している所など本などで知ったことも一緒にまとめます。

廻廊の板は、「目透張り」と呼ばれるわずかな隙間があることは有名です。下から海水が上がってきた時、水の抵抗を逃すことや、砂などを落とす役割があります。本当に海水が廻廊の板の高さまでくるということはかなり危ないのですが、改めて、1991年の台風19号の映像を見ると、海水面がどんどん上がってきた時には、この隙間にちゃぷちゃぷ海水が上がってきていました。最終的には海水面は5m近くまであがり、柱の半分ぐらいまで、水につかり、板も流されました。

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                     Aug.9.2014

これは、2014年に訪れた時のない内侍橋という本殿に渡る橋の修理を行っていた時の板の裏側の写真ですが、ご覧の通り板の裏には墨で番号が書いてありました。台風19号の後、流された厳島神社の部材は対岸の漁師さんが神社のものとすぐにわかり戻してくれたという話がありました。

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板の裏は、根太の上に置くために欠いてありました。

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床下の柱は、礎石の上においてあるだけ。フナクイムシやフジツボがつき、傷みが出てきます。

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ですからこのように根継をして、傷んだ部分を変える補修も随所で行われています。

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平舞台を支えているのは木材ではなく、八角柱に仕上げられた赤間石が使われています。毛利輝元が寄進したそうです。

そしてこの平舞台の板の間は、隙間なく張ってあります。それは波を沈める役割を持たせ、本殿への海水の侵入を防ぐ役割を持たせているそうです。右側の青銅製の灯篭も台風19号の際、風に煽られ、倒れました。

電気があるのが普通の現代においては、灯篭の存在は、オブジェのようにも思えますが、夜間に海上から見て灯りをともす灯篭が灯台の代わりであり、安全面で必ず必要なものだったのです。

台風19号の時も参道の石灯篭もたくさん倒れました。

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西廻廊を歩いていると太鼓橋があることに気付きます。

でもどうやって渡るのだろうといつも疑問に思っていました。かなりの助走をつけなければ、登れないのでは?などおてんばだった私はあれこれ行くたびに考えていました。

皇室からの勅使専用の橋として階段付きで作られたものが使われなくなり、現在は階段を外した状態になっているということです。な~んだ!そういうことだったんだ!とついこの間、知りました。

海辺に建てたが上のメンテナンスはいつも発生していますし、台風、高潮などの数年に一度の被害もあります。

大変な維持作業だと思いますが、いつ行っても気持ちが良く過ごせるこの懐の深い厳島神社を後世にも残していってほしいです。

まだまだ、そこにあるのにすごいいわれのあるものが宮島にはいっぱいあります。紐溶きながら知りたいと思っています。

 

参考文献:『宮島』 中道 勉著 足で知る宮島学発行所 

     『厳島新絵図』 船附洋子著 ザ・テレビジョン刊 

 

 

 

 

 

 

 

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Visiting a place :厳島神社 2019 summer

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 Under constraction                                          Aug.10.2019

 今年、宮島 厳島神社の大鳥居は修理中。いつもなら、フェリーで宮島に近づいた時、この角度からは、ぐっと丹塗りの大鳥居が海や山の青緑の色の中、しっかりアクセントとなってそびえ立っている姿を見せてくれる絶好のシャッターチャンスの位置ですが、今年は、この姿。

しかし、ここ数年訪れる度に、色が薄くなり幾分蜜柑色になってきており、もうそろそろお手入れが必要だな、と思っていました。

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廻廊から鳥居を望む               Aug.9.2019  

毎年、夏に訪れていますが、宮島には知らないことがいっぱい。今回も神社に西欧の技法が使われているのでは、という指摘が宮元健次氏の『日本庭園のみかた』(学芸出版社刊)に書かれていて驚いたのでそのことについて現地で確かめてみたいと思って、訪れました。

「柱間の間隔が鳥居に向かって狭くなっている。」という指摘だったのですが、本を持たずに訪れたので、観るべきポイントを間違えていました。

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東廻廊 East corrider 国宝 National tresure   Aug.9.2016 

廻廊の柱間をみていましたが、ここではありませんでした。ちなみに廻廊の柱間は2.4m、横幅は3.6m。廻廊が直角に曲がる部分の外側の柱間は確かに広くなっていましたが、鳥居方向に柱間は一定間隔で整然と並んでいました。

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今年は満潮に近い時でしたので回廊を歩いているとゆらゆらと海面に映った反射光が天井裏に反射していました。

夏に訪れる時は、満潮の時がおすすめ。

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拝殿     管弦祭          Aug.   .2017

家に帰ってから柱間は、廻廊ではなく、本社社殿であったことに気付き、過去の写真を見てみました。これは、本殿方向に柱の列が並んでいますが、奥から4.32m、3.94m、3.03mとなっているそうです。鳥居に向かって、柱間が狭くなっている。

何度も火災や戦に遭ったので、修理されて今に至っていますが、宮元氏によれば、1555年の厳島合戦の後、1571毛利元就が修復した時に、その頃日本にも宣教師から伝わったルネサンスの透視図法が柱間にも使われたのではないか、という説でした。

このように大鳥居の中心点を消失点とし、柱間を狭くしていくと鳥居までの距離感を実際より短く感じる手法は、教会建築にも用いられており、それが伝えられたからではないか、ということです。

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祓殿より大鳥居を望む              Aug.11.2007

今まで、厳島神社は平清盛が整備した平安時代の寝殿造りを伝える建物として見ていましたが、改修の際、それぞれの時代の建築様式も積み重なって、今の建物があることに改めて気づかされました。

 

 

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2019年8月24日 (土)

Visiting a garden : 足立美術館

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                                                       Aug.14.2019

足立美術館に初めて訪れました。この日は、翌日西日本を縦断した台風の影響で、強風が吹く中の夏の暑い日でした。

館内に入って通路沿いに白砂を敷いた一角に水の流れる鹿威し(ししおどし)がありました。黄緑色にモミジの葉が透けて美しい緑陰に夏の暑さを忘れるような場所。

ここは、少し外に出られ、水の音、風を感じれるので、一番印象に残った一角になりました。

子どもの頃に、遊びに行った古い庭のあるお家のことを思い出しました。そこで松ぼっくりを投げ合ったり、飛石の上をぴょんぴょん飛び越しながら、鬼ごっこをしたことなど、さんざん遊んだことを思い出しました。

この一角に工事中の看板があり、魯山人館を建設中ということでした。

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The Moss garden 苔庭

川の流れのように白砂を敷き廻し、奥に続きながら両側にアカマツが覆いかぶさるように生えています。

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石橋を見ると、白砂は、水の流れ。松が盆栽のような仕上げ。

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枯山水庭園

大きな窓から望める枯山水庭園。クロマツが小さく仕立ててあり斜面の緑につながっていく。

背後には山並みの借景。

ツツジ、サツキの剪定は年に8回行うようです。きれいなドーム型に刈られています。

朝早くに手入れをされるようです。

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クスノキの大木越しに庭園を見る。

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池庭

鯉が泳ぐ池。反射が眩しく、夏の庭の水景色としてホッとする庭でした。

足立美術館の庭はアメリカの日本庭園雑誌 The journal of the Japanese gardening

において2003年より第一位となっているそうです。

 

第2位は桂離宮。

足立美術館は、ガラス越しに観る庭園。桂離宮は実際に庭を歩いて、楽しむ庭園。

そういった面で、楽しむ内容は違います。

 

私が庭を訪れる楽しみは、視覚だけでなく、風や鳥の声,虫の音など自分がその場所に滞在したという記憶を刻むもの。

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2019年8月22日 (木)

Visiting a garden : 桂離宮 Katura imperial villa

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古書院 月見台付近からの眺め  中秋の名月は南東のこの方向に浮かぶ。

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いつか行って見たいと思っていた桂離宮。とうとう、行くことがかないました。

この日は、台風の影響で、風があり、雲も多く浮かぶ夏の日差しがじりじり暑い日。

写真のような眺めとなる古書院は、1615年(江戸)に最初に桂川の水を引き入れ、別荘庭園を八条宮智仁親王が作らせた時からのもので、今でも桂離宮の中心となっている場所です。

月の名所として古来より有名であった桂で中秋の名月を観るのに合わせて、建物の位置、月見台、池の位置、植栽を配しています。

今では、桂離宮の周辺も住宅が増え、ここからの眺めを維持するために、植栽で覆うなどの手立てを取っているそうです。

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 州浜より天橋立を望む              Aug.6.2019

見学順に紹介すると、こちらは、智仁親王の子 智忠親王が1642年に作らせた辺りです。増改築を自分の婚儀に合わせて行っています。

前田家出身で徳川家の養女となった妃であったことから、故郷の景色を表現しようと海辺の景色や天の橋立に見立てた石橋を造ったそうです。

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松琴亭                     智仁親王期

この建物は、室内も見学可能な場所。いろいろと工夫された意匠を見ることが出来ました。網代戸の焦げ茶色になった古びた色が襖の藍色と合います。和紙は、妃のお国の加賀奉書と呼ばれる和紙を使っています。市松文様は、正方形の格子ではなく、長方形でかなり大きい。よく考えてみると、襖の縦横にちょうど収まるよう格子の幅は等分したから、長方形になったのかな。

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松琴亭の石炉

松琴亭は、特に面白かった亭で、茶室もあるし、池に面して水屋や炉が作られた板の間もあり、こんな場所で「おもてなし」をするのもされるのも楽しそうだな、と思う場所でした。写真の石炉も面白い。ここでは、料理は作らないのですが、池の向こうで作らせた食事を船に乗せ、ここに運び、食べるまでの間、この床の間ほどの面積で床を掘ってある場所に炭を入れ、料理を温めたという場所。

壁には煤がついています。そして、戸袋が上部についていますが、そこに葦にとまるカワセミなどの水墨画がさらりと描かれていました。

娘が「かわいい!」と言うと、ガイドの方が「これは、狩野探幽!」「えー!」と思わず、叫んでしまいました。

後から、調べると幕府の御用絵師である狩野派三兄弟が桂に来て、中書院の襖絵など(未公開)の仕事をしていました。

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賞花亭の手水鉢

山の景色を表したいう大中島は、樹木も針葉樹を植えてあり、山道に見立てた斜面を登ると賞花亭という眺めのよい建物に着きました。実際にあった茶屋を移築し、今でいう展望台休憩所のような開放的な造りで、見学者の人たちと一休み。

立ち上がり、斜面を下りながら、いい形の手水鉢を見つけました。枝垂れかかっているのは、ハギでしょう。もう少ししたら、花が咲きそうです。

この手水鉢、これも後から調べてみると、五輪塔の水輪の転用だそうです。きれいな鉢形で思わず目を引いてしましました。

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古書院に続く土橋付近より

桂離宮と聞いてイメージするのはこの書院の美しい屋根の形。

正式には杮葺き入母屋造り(こけらぶきいりもやづくり)というそうです。瓦の屋根の重厚さに比べ、杮葺きは、簡素。ヒノキ、スギ等の木を薄板にして、少しずつずらして屋根に留めていくもの。

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書院前の広場は、現在は芝張り。本を読んでいたら、昔は白砂敷きであったと書いてありました。

ここで、蹴鞠をしたそうです。また、これだけの広場があるからまだまだ増改築可能であったということも書いてありました。

床が高いのは、桂川の氾濫で浸水の可能性があるのでこのように上げているのだそうです。

でもこの姿が、用途や大きさなど全然違いますが、コルビジェのピロティのある建築とも似ているように昔から感じていました。

そこには、立面図の縦横の比が西欧の建築に多く使われているバランスの良い黄金比を含んでいることを宮元健次氏の本で知りました。

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真の飛石

書院に上がるための玄関に通じる飛石 いろいろなルートが交錯している場所ですが、お客様はこちらをどうぞ、と石を変えて表している所。

このパズルのように組み合わせている飛石部分も黄金比が使われているそうです。

黄金比を使っている建築物としては、法隆寺、薬師寺があるそうですが、それ以降はなく、この桂離宮に突如として多用されているそうです。

それには、智仁、智忠親王とも妃がキリシタンと関係にある家の出であったことも西欧の文化を柔軟に取り入れようとする気風を持った家で

あり、西欧の建築や造園に関する情報を宣教師から教えてもらったという事実があったそうです。

黄金比の他、遠近法なども限られた空間により距離感や立体感を与える工夫がそれとは分からない調子でほどこされている庭であるそうです。

指揮をとったのが智仁、智忠親王であったという説と桂離宮でも出てきた幕府の宮廷付き工人であった小堀遠州説とがあるそうです。

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Pinus densiflora                  

最後に桂離宮の全体生垣も含めて、植栽管理がとても良いなと思いました。

私が今まで訪れた庭の中では、一番です。桂川の氾濫源ということも土壌がいいのか、植物が活きいき育っていました。

この松の緑が夏の光の中、輝いており、印象に残りました。

また、別の季節にも訪れたいなと思いました。

 

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2019年8月21日 (水)

Visiting a garden : 龍安寺

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Ryoan-ji    Front gate                        Aug.6.2019

朝早く、家を出て京都へ。真夏の市街地を抜け、10時過ぎには臨済宗妙心寺派の龍安寺に到着。緑陰に覆われた山門の前に立つと涼しい風と虫の音で、一気に避暑地に来たような気分。そもそもこの場所は、北側は衣笠山などの山々に覆われた場所で、古くは墳墓、平安時代には藤原北家の徳大寺実能が山荘を構えた場所。

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Nelumbo nucifera

山門脇の水鉢に植えられたハスの葉が清涼感をもたらしていました。

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太鼓橋のかかる鏡容池。大きな池泉式回遊庭園になっています。ピンク色のスイレンや白いハスの花が咲いていました。モネが見たら、びっくりするだろうな、と思うほど、睡蓮がいっぱい育っていました。

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庫裡 Kuri

石段の先に大きな切妻屋根に木組みの柱や梁が白壁にくっきり見える禅宗寺院特有の庫裡と呼ばれる建物が現れました。山荘に到着したような安堵感。このまま、宿泊したいような感じでした。

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素足で方丈に入ると、緑の中、石庭が現れました。花崗岩の風化した石英、長石の多い白川砂を敷いているので、反射光の眩しい瀬戸内海の真夏の海景色にも見えました。

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みんな縁側や回廊に座って静かに枯山水のお庭を見ていました。大きな石は、裏山の墓陵に使われていた墓石がくずれたものが使われているそうです。

墓石を見つめる=「死」を見つめること、「無」を表現しているとされています。僧侶たちは、この墓石を見ながら「無」=「永遠不滅」という悟りの境地を追求したということです。

こうやって、人間の歴史をはるかに超える時間をかけて、作られた石を見つめることは、人間の存在について改めて感じさせてくれる時間になったと私は思いました。

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じっくり見ていくと、入ってすぐの石の大きさは一番大きいものを据えています。これは、絵を描く時に「手前を大きく、奥のものは小さく描くと遠近感が出る。」というのと同じで、限られた空間の中で、錯視によって遠近感を強調させる手法で石組がされています。

また、宮元健次氏の著書によれば、この石庭の縦、横の比率は、黄金比を利用しており(幅24m、奥行き10m)、その対角線上に石組が配置されているそうです。不定形の石なのでランダムな感じがしますが、実はかなり意図を持った配石。

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油土塀の南面側面

菜種油を混ぜて いるという油土塀の色は、弁柄色とベージュの中間色でした。これも方丈から見た時、通常の塀よりもとても高さが低い〈1mぐらい)なのです。外側のグラウンド レベルはぐっと低い。石庭の乾いた空間に緑のフレームが見え、潤いを与えていました。

油土塀の屋根の瓦をふと見上げると、室町時代に龍安寺を作った細川家の五七桐紋が見えました。白壁の方は新しい。

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土地の勾配が方丈に向かって傾いていたり、(奥が高い)左側塀が低まっているそうです。これは、空間も先細っていく遠近法を使っているとのこと。言われてみれば、そうだなと思いますが、何も知らないと気付かない感じ。

本を読んでいて、「勾配が方丈側なら、庭に降った雨は方丈の方に流れてくるのでは?」と不思議に思いましたが、現地に行って見てみると、ちゃんと排水のための溝があり、黒い玉砂利が敷かれていました。

こんな工夫が、とても面白く、感じられ昔の人の知恵に感心しました。

作庭の歴史を改めて帰宅してから書物で読ると、

寺院の南庭は、儀式を行う場所であり、石組や植栽をすることは、禁じられていたそうです。(平安時代『作庭記』)しかし、儀式の場が広縁や室内に移行するに従い、南庭は使われなくなり、1619年の寺院制度の改正により、木や石を持ち込むことができるようになったそうです。龍安寺のように南庭の平庭に枯山水式庭園を作庭するようになったのは、江戸時代以降だそうです。

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『都名所図會』  1780年  離島軒秋里

方丈の中に江戸時代に出版された本の写しが置いてあり、写真に撮っておきました。よく見ると、現在の方丈と枯山水の庭とは違う絵が描いてあるのに気付きました。

図の上の中央に方丈がありますが、廊下のようなものが現在の庭の中央に通っています。現在の庭の場所は、2つに分けられています。

寺のパンフレットによれば、『1797年、火災により方丈、仏殿、開山堂などを失った。現在の方丈は、そのとき西源院の方丈を移築したものである。』とありました。

このことを考えると、油土塀の色が真ん中のあたりが黒くなっていたのは、この火災の跡なのかと思いました。この火災の後、廊下部分をなくし、幅広の敷地に現在の石庭が作庭されたということです。

では、「この石庭を作ったのは誰なのか?」ということになると、諸説あるそうです。

この石庭の作られた年代は1619年から1680年の間。その時期に作庭した可能性があるのは、金森宗和。なぜなら、西源(龍安寺敷地内)の石庭を作庭したという文献があるからです。

それを1797年の火災の後、西源の方丈を移築し、枯山水の庭も移設?

ここが、はっきりしない。庭の面積も違う場所へ重たい石を運んで移設?と私も考えます。

宮元健次氏は、遠近法、黄金比の活用、借景などの手法からその当時、宣教師から西欧の技術を伝えられた宮廷付き工人であった小堀遠州ではないか?という説をあげていました。禅宗信者でもあった遠州。

しかし、文献には龍安寺作庭に遠州が関わったという記録がないそうです。

遠州がすべて仕事を記録していたわけではないという他の例を見ても、遠州の関与が伺われるようですが、遠州は1647年に亡くなっていることから、1797年の火災後の現在の石組の作庭には関われない・・・のでは、と思ったりもします。

 

 

 

☆参考文献:宮元健次著 『日本の美意識』、『京都名庭を歩く』光文社新書、『日本庭園のみかた』学芸出版社

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2019年8月 3日 (土)

Organizing ideas : 出窓を利用した本棚 

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BEFORE

我が家の北側の通称 タンス部屋。本棚も3本入っています。窓は外廊下の室外機置場の分、室内に入り組んでおり、上部は奥行きのある出窓。ついつい、いろいろなものをここに積んでしまうのですが、かなりのデッド スペース。この奥行きと高さを利用して長年作りたかった本棚を作りました。

文庫本、新書、ハードカバーの高さ20㎝ぐらいまでの比較的小型の本を入れる本棚です。

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AFTER

これが、完成した本棚。W380㎜×H1120㎜×D150㎜

青森のヒバ材集成材を使い、塗装はOSMO社のWood wax仕上げ。

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新書の収まるサイズとして、奥行き150mmになるように材料の板幅を選びました。青森ヒバの集成材が強度的にも加工のしやすさからも良さそう。厚さは15mm。

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長さ1820㎜2枚(①、②)、910㎜(③)を1枚購入。

お店でカットしてもらいました。①、②棚板350㎜×2枚+側板1120㎜=1820㎜

③天板、底板380㎜×2枚 残り150㎜

My ジグゾーもありますが、お店でカットしてもらった方が垂直に正確に切ってもらえます。

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Paint OSMO Wood wax  ”White spruce"

やすりで面取りをしてから塗装。塗装後20~30分後に布で余分なワックスを拭き取ります。

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木目にワックスが入り込み、表面は平滑にカバーされます。木目の美しさを生かした、自然なつやのある柔らかなイメージの塗装面となります。

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その他、補強のための厚さ5㎜の合板も端材売り場で見つけ、家で幅38㎜にカット。高さは100㎜ぐらい。

3枚とも表から見える部分のみ塗装。

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木ねじの下穴をキリで端より8㎜内側ぐらいに開けておきました。

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棚板のダボ穴開け。棚板4枚なので、下から215、230、230、230、215㎜でダボ穴の位置に8㎜深さ、直径4.8㎜の穴を側板の内側2列に開けました。

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木ねじをドライバー ドリルでしめていきます。

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裏板も止めつけました。これが入ることで、本棚が変形するのを防ぐ役割をもたせています。

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完成

この後、ダボ穴に金属の棚受けダボを埋め込み、棚板をのせました。

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設置後、違和感なく、この場所に調和し、あれよあれよと右側の私の本棚からあふれた本が入っていきました。耐震補強のL字金物を壁との間につけておくと完璧。

(まだ、取り付けてはいませんが、持っているので、後で)

この日は、猛暑日。次の日も部屋の片づけをしていたら、熱中症になってしまいました。

でも、ずっと「こうだったらいいのにな!」と考えていたことが出来たのでひじょうに満足。

 

 

 

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2019年8月 2日 (金)

Maintenance : キッチンの混合水栓の交換

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GLITTRAN グリットラン                     IKEA

 台所の混合水栓をDIYで交換しました。いろいろ大変でしたが、どうにかパパがアイディアを出してくれて作業もしてくれました。

背の高いのがIKEAの製品。左にあるのが、浄水器に水を送るもの。今まで使ってきた浄水器をいかして使うためにパパさんが工夫してくれました。

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元の水栓。20年以上使用。食洗器をつけた時に分岐金物が中間部に入れられました。食洗器が壊れたのを機に、手洗いにすることにしました。子どもたちもパパも帰宅がバラバラな生活になり、ちょこちょこ洗う方が片付くし、キッチン カウンターも昔のように広く使えるようになりました。

私がネットで調べて、この分岐金物を自分で外そうとしたのが、そもそもの始まり。

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簡単に外れると思った部分が外れず、近所の金物屋さんでこの道具を購入してきました。まわると思いきやどうも設置の時にしっかりとした接着もされているようで、外せませんでした。

そこで、以前からもうそろそろ新しいもIKEA に急遽出かけ、以前よりいいな、と思っていた金物を購入。

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ここからは、ちょっとハラハラで深刻な事態。本当は、カウンターの既存の25㎜の穴2つに合う水栓器具を選ぶのが良かったのですが、IKEAの金物は一つ穴で設置するもの。既存の穴を広げようと考えましたが、新たに2つの穴の真ん中に35㎜の穴を開けることにしました。

シンクしたの給水ホースもなかなか古くネジが固着していたりして、大変でしたが、どうにかパパが新しいものと交換に成功。

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カウンターキッチンになっているので、水栓金物がクラッシックな曲線のデザインなものになり、満足。

機能的にもワンハンドルで水の出方を調節できることや、高さがあるので、鍋を洗ったり、水を入れたりするときに作業しやすい利点があります。

かなり慌てて、一時はどうなるかと思いましたが、今はネットで作業方法なども調べることができるので、役に立ちました。

ああよかった。きれいな水が出るっていうことに改めて感謝。

 

 

 

 

 

 

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季節のBlooming flower : ペール カラーのハイビスカス

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Hibiscus rosa sinensis    Peppermint wind

 春先、良い土に鉢土を替えてあげたので、今年はしっかり良い花を咲かせたハイビスカス。

真っ赤な色ではなく、少しピンク色の花が咲きます。

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                        July.30.2019

この日は、とても暑い日。でも朝からこのハイビスカスが咲いているのが見えたので、うれしかった。

一度に三輪も咲いたのは、初めて。

 

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2019年7月21日 (日)

季節のBlooming flower : えんじ色のダリア

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Dahlia Cav.                 July.20.2019

昨年の秋にポット苗で購入したダリア。モリモリ咲いてきました。えんじ色ですが、先が白くなっていくのが、おしゃれでしょ。

昨年秋、寒くなるにつれ、地上部が枯れていきました。メキシコ原産なので、低温化では、休眠します。

芋のような塊茎と呼ばれるものが土の中には、残っていたので、掘り起こして保存しておきました。といっても鉢皿の上にのせていただけですが。

それを春が訪れたころに、とりあえず小さな鉢の中の土に埋めておくと、発芽し、茎葉が出てきました。

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Petunia、Dahlia                June.5.2019

ペチュニアと寄せ植えにすることにして、大きな鉢に植え込みました。この時は、まだあまり大きくなかったのですが、今やペチュニアが負けそうなくらい葉や蕾を茂らせるまでに大きくなっていきました。

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今やこんな感じ。

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最近の日照不足な中でもどうにか、蕾をたくさんあげてびっくり。

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一本の茎に四方八方に花茎を伸ばすので、南の太陽に花が向いて咲き方ではありません。

それが、日照不足のせいなのか、ダリアの習性なのか…これから観察しながら知っていこうと思います。

取りあえず、立派な生長をしているので、うれしい。

ちょっとうどん粉病が出ているので、今日はスプレー式の薬剤を散布しておきました。

 

 

 

 

 

 

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2019年7月 1日 (月)

季節のBlooming flower : Holly hock 2019

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Althea rosea                                           June.15.2019

子どもの時に住んでいた場所の花壇にタチアオイが咲いていました。遊んでいると、近所のおじさんがこのタチアオイの花びらを一枚取って、付け根の厚みのところをはいで、ねとねとした粘液を利用して、鼻につけ、「ニワトリ!」ってやって見せてくれました。

しばらくは、この花が咲いている頃は、毎年、そんな遊びをしていました。

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高さ2.5mぐらいは生長しました。現在は、咲き終わり、昨日株元からカット。

今年の花は、終わり。こぼれ種を周辺に振りまき、いつの間にか、場所を移動しながら、成長しています。

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この中心が赤くグラデーションしている所が、好き。

洋風なイメージですが、万葉集にも詠まれているタチアオイは、少なくとも奈良時代には日本で見ることができたよう。原産は中国や中近東当たりということなので、シルクロードを伝わって、種の大きなタチアオイは、日本に持ち込まれたのかもしれない。

日本の絵画の中でも桃山時代から江戸時代にかけての襖絵や屏風絵にも描かれているのを時々見かけます。

逆円錐形にすっと高く伸びた姿や大ぶりなシンプルな花、葉の形も五裂で形がいいので、「絵になる植物」として昔から愛されてきたのでしょう。

私は、子どもの時の思い出とともにこの植物は好きですが、時々、拒否反応を示す人もいます。

不思議な魅力のタチアオイ。

 

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2019年6月30日 (日)

Crafts for living : 漆の弁当箱

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漆塗り二段弁当箱           木曽      よし彦

ずっと、使っていた曲げわっぱのお弁当箱。ご飯が美味しく、無塗装の木肌はご飯が美味しく食べられ、職場でお昼を食べても家庭の味たゆったり食べられる良さを楽しんでいました。けれどとうとう、黒ずんだり、ふたの側面が木目に沿って割れてしまいました。

今、空前の曲げわっぱブームのような気がしますが、いろいろ考えてみて、次のお弁当箱は、木曽の漆工房 よし彦 の栓の木をくりぬいて作った箱に漆を塗りこんだ「拭き漆」仕上げのお弁当箱にしました。表面の漆により、木肌を守る効果があり、長く使えると思います。

プラスチック製のものに比べ、こちらもゆっくりご飯を食べられる気がします。

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D70mm×W165mm×H75mm

細身の2段なので、カバンの中にすっぽり入れることができるサイズ。栓の木は下駄などにもつかわれてきた材で、軽い材です。漆を塗ると欅の木目にも似ています。

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2段のうち浅い方の底の角は、重ねるための窪みが彫られているので、重ねた時にきれいに収まるように作られています。

また、ふたの内側(右下)も加工が施されています。材を張り合わせたりしていない一木造なので、丈夫な造りです。

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私は、上段にご飯、下段におかずを入れます。時々、おかずが上段の底についてしまうことがあるので、詰める時注意しています。

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お箸箱は、前は使っていなかったけれど、このお弁当箱を使うようになってから欲しくなり近所で見つけました。硬いマホガニー(紫檀)を刳りぬき加工しているもの。

海外で日本向けに作られたものでしょう。お箸箱自体、日本オリジナルなものかな?

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お弁当包みは、京都の手拭い屋さん「むす美」の刺し子の布巾。たまたま、ヒカリエで京都のものを紹介しているときに見つけたもの。

風合いと色が気に入っています。

 

 

 

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2019年6月29日 (土)

Veranda Garden : ムクゲ 2019

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Hibiscus syriacus         June.29,2019

’Rose of Sharon’と呼ばれるムクゲ。八重咲の’桃花笠’という品種を鉢植えで育てています。

ポツリぽつりと毎日のように咲き出しています。

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今年は、2月の下旬に用土を替えました。すると、いい枝ぶりで春先から生長。

ただし、ベランダの花台の上で育てていたので、花の大きさが小ぶり。もう一段上の逆梁の花台にのせた方が日当たりが良かったかも。

今年は、バラにその場所は、譲っているので、バラは、生育がいい。

2010年に挿し木苗で購入し、現在9年経過。

2012年の9月に咲いた時の写真は、もっと花径が大きいので、天候にも関係しているの。かもしてません。2012年9月の様子はこちら

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2019年6月16日 (日)

Veranda Garden : アジサイ アナベルの鉢植え

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Hydrangea arborescens 'Annabelle'             June.15.2019

地下茎を伸ばして株を大きくするアジサイ’アナベル’少し根のついた枝をもらって植木鉢で育ててきたもの。

今までベランダの端っこに置いてあまり陽もあたらないところに置いていたのですが、今年は、場所を移動し、用土も変えていたので、順調に生長し、ふんわり枝葉を伸ばし、咲き始めました。

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アナベルの装飾花の小さめなところや、剪定が春先の萌芽前までいつでもいいところなど、手入れが楽なところもいいですね。

 

 

 

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