2017年4月30日 (日)

The Roses : モッコウバラ

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Rosa.banksiae'Lutea'              April.29.2017

もうそろそろバラに薬をかけないと、と思い花壇に行ってみました。数年前に植えたモッコウバラが今年は、大きくなって咲いていました。クリーム色のenfantsのような姿で本当にかわいい。

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こんな風に、フェンス前に植えているので、時々、外側からばっさり切られていたりしますが、だんだん大きく咲くようになっているので、存在感をアピールできつつあるのではないかな。

この他のバラについては、やはりつぼみを食われたりしているものもありましたが、どうにか、薬剤散布、間に合った感じ。

ノイバラはやはりたくましく、無農薬でOK.もちろん、モッコウバラも無農薬。


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2017年4月 7日 (金)

Beautiful Things : 欅のお盆と肥松の茶托

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今日は、ピアノの調律をしてもらった。作業が終わる頃、お茶の準備をし始めました。いつも角盆を使っているのですが、洋風なので、緑茶を出すのには、似合わない。「そうだ、宮島のお盆がある!」と思い出し、ほとんど初めて使うことに。

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欅の一枚盆。無塗装なので、大事にしまっていました。湯呑は、母が使っていた萩焼。面取りしてある底部がかっこよくて子どもの時から好きだったものをもらい受けたもの。

茶托は、肥松といって、松の油分が多い部分を使ってくり出した茶托。こちらも無塗装。使う度に、布で磨いていくといい、と母に教えてもらいながら、使ってきました。

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宮島には木工製品の加工所が数件ある。島を訪れた時、作業している所が道に面している所もあり、見るのが楽しくて、必ず立ち寄っていた所がある。宮島の歴史博物館の向かいあたりにある『藤山』というお店はろくろでくり出した茶道具が並べられていて、美術を学び、工芸の世界に興味があった私には、無塗装で木目をいかし、形の美しさを追求して仕上げた道具を見せてもらうだけで心に栄養をいただき、満足して宮島をあとにしたものです。

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数年前、インターネットで調べていたら、そのお店のご主人は亡くなられて、今は残った品を販売しているのみだと知りました。店とは少し離れた場所に作業所があり、そこは、道に面して作業していているところが見えるようになっていました。亡くなられたことを知った後、そこにも数年前行ってみた。作業に合わせて、あて鉋などの道具を自分で作られていたということで、今もご主人が作業しているかのようにそのままになっていたのを記憶しています。

私が、黙々と作業しているのを覗かせてもらったご主人も宮島のために尽力していた父もこの25年の間に天国へ。

思い返すと寂しいけれど、この25年で私は母になることができ、2人の子どもは、それぞれの道を探しながら、今は大学生となった。

花が咲くように素晴らしい仕事をなしてきた人々を思い出しながら、もうそろそろ欅のお盆もこれからの人生で使ってもいいのかなと思えてきました。

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2017年4月 5日 (水)

Favorite place : 宮島 Miyajima

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                                                              Aug.10.2016
宮島の島端。水平線が向こう側にも見え、瀬戸内海の島影のグラデーションの重なり合う景色がいい。

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                                                              Aug.18.2015

写真は、夏休みに写したものですが、春休み帰省の折、宮島へ行ってきました。必ず、帰省中に一度は訪れ、何かしら発見がある島。奥深さにわくわくしながら、歩き疲れてへとへとになりながら帰ってくるのが常。

父は、この島の形をよく、「女の神様の形をしているんだよ・・・。」と何度も私や孫に説明してくれたけれど、私は未だに見立てた方が分からない。子どもたちは、にやにや分かっているような感じだけど・・・・?

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                                                              Mar.27.2017

フェーリは、行きがJRフェリーだとこの写真のように鳥居と社殿が浮かぶように立っているのを海上から見れるよう運航してくれる。この背後の弥山をふまえた上での厳島神社、山の青緑と朱の社殿、そして海の青。これらが世界遺産の地域に含まれています。平安時代の平清盛も厳島神社に参拝する時、この景色を船から見たのかと思うと不思議な気持ちになります。また戦国時代には、この海にいっぱい船が集まって、戦もあった。そして、2016年、アメリカのオバマ大統領の平和公園訪問の際、米軍岩国基地と広島の昔の西空港との間を移動する際、この上空をヘリコプターとオスプレイ数機が横切っていいたそうです。母曰く、「帰りも通っていったよ。」そんな新たな歴史をしっかり見続けながら、この島は今も存在し、大事に守られてきたことに驚きを感じます。

船を下りて、海岸沿いに遊歩道があり、厳島神社に向かって人の流れは、右になりますが、ここであえて江戸時代に埋め立てられて作られた「町屋通り」に迷い込むのが最近のマイブーム。左に行くと、海水浴の出来る包みが浦に行くバスあり。いろいろ散策しながら、楽しめる所が宮島の魅力。

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地元の人が使う道であり、「ふと人影?」と思いきや、鹿さんでした。以前NHKのテレビ番組で、宮島の鹿さんたちが、湾を渡るところを取材していました。野生のまま、たくましく生きています。

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                                                             Aug.18.2015

夏に山を歩いていると、出会うこともあります。この鹿は、森の中で涼んでいました。今回も神社の裏手で小さなバンビちゃんに出会いましたが、何も知らずにビニール袋をもぐもぐしていたので、娘が口から離そうと必死でバンビちゃんと引っ張り合いっこしました。娘の勝ち。「だめだよ。」って言ってお別れしました。

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町屋通りに入ると、昭和の私の子どもの頃見たような、魚屋さんやお菓子の紙箱を作っているお店、おばちゃんがやっているような個人商店が点在しています。ここ2~3年で古い民家を改築し、お店にしたりした所もあり、町並みが整ってきています。また、路地を入ると、宮島の杓文字やろくろ細工のお盆「を作っている作業所もあり、秘かな島のLive spot。5~6年前からでしょうか、帰る度にフランス等ヨーロッパからの観光客が多くなっているなと感じるようになってきて、もうここ最近は、いつでも人がいっぱいになってきています。

30年前、私が島を訪れた時、島の高齢化が心配され、日本三景として素晴らしい自然や文化は知られていたけれど、観光地として低迷していた時期もあり、夕闇の路地を歩いて、心配になったことを覚えています。

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その頃より、宮島に景観に関する条例があることは、亡き父から聞いていました。屋根の色は周囲と調和の取れる無彩色などにすることや島内に新しく建物を建てる時は高さの制限があること。自然保護の観点からは、原生林の森を維持していくために、倒木も運び出さず、自然に朽ちさせていく。サルが以前弥山の山頂にはいましたが、観光目当てに外から連れてきたので、サルを捕獲して生体サイクルを元に帰していったこと等。

そんな昭和から平成にかけての努力もあり、世界遺産に認定されたのだと思いました。今年は世界遺産認定20周年だそうです。現代の便利さや利潤追求からすれば、取り残され島のようにも思えた時期もあったけれど、そういった今の人間のためだけのメリットではなく、歴史を重ね守られてきた島の自然や文化の良さを第一に大切にした考えは、世界に人たちにもしっかりと伝わる価値を備えていたものだったのだと改めて思っています。

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Tsutsumigaura                                                  Aug.18.2015

夏に海水浴をする包みが浦に連れていってくれるマイクロバスには、フランスからの家族と同乗することが多く、彼らは、リッラクスしながら夏の日差しの中、島の緑陰や海の青さをぼーっと眺めて楽しんでいます。何かのフランス語の観光ガイドに載っているのだと思うのだけれど、本当に"Très bien"っておすすめしてくれているから、また皆さん来られているのでしょう。

島がもし大きな看板で営業しているお店が並ぶ観光地であったら、ブブ~!次にはつながらない。


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2017年3月31日 (金)

Favorite place:Hiroshima ANDERSEN

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春休み、息子と娘と一緒に広島に帰省してきました。いつも必ず、本通りにあるアンデルセンに行って、好きなものをたらふくいただくのが、我が家の恒例。この日も昨年から本店建物が老朽化のために改築中となっているので、あきらめようかと思っていましたが、息子が「やっぱり、アンデルセンのBLTサンドが食べたいな。」となつかしがるので仮店舗に行ってみました。

ビルの1,2階部分に仮店舗は入っていて、1階はパンとフラワー、2階はレストランが移転していました。外壁はスモーキー ブルーに塗られ、マーガレットやエニシダの鉢物と合わせてアンデルセンらしい趣味の良い外観となっていました。本店の入り口に飾られていた人魚姫のレリーフも移設されていました。

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食事後、本店に行ってみました。北東角の入り口には、1925年に旧三井銀行広島支店として建設され、1945年原爆で被災したこと等がわかるよう表示板があります。1967年よりアンデルセンとして使われるようになったそうです。

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今でも、2階部分は、建設当時の外観を見ることができます。柱頭にアカンサスの飾りがあり、洋風建築として立派な銀行であったことがわかります。外壁には花崗岩が使わているそうです。


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現在は、入ることができませんが、これは2012年に撮っていた写真です。この内部の吹き抜け空間にある天窓を見ると、子どもの頃にアンデルセンに行った時のことを思い出しました。

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私が初めてピザを食べたのが、このアンデルセン。その当時から「ここは、パンの焼けるいい匂いのする素敵なお店!」とわくわくして連れて行ってもらったものです。

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店内2階からアーチ型の窓を見ながら食事。何気なく広島の人たちは、このお店で食事したり、買い物をしていたけれど、空間として、現代の建物では簡単には出来ない意匠を多く含んでいる空間に私たちはいたのでした。

原爆で傷みながらもそれを修復し、大事に使い、戦後の広島に北欧の食文化や生活文化を紹介し、明るく前向きに生活することを提案してきた広島アンデルセン。

2020年まで、ゆっくり考え、じっくり改築してまた再開していってください。しばらく「アンデルセン本店ロス」な気分ですが、家族と過ごした思い出を懐かしみながら待ちたいと思います。

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2017年3月21日 (火)

About An Artist : ミュシャの想い

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NHKで放送された番組からアルフォンス・ミュシャの大きな作品『スラヴ叙事詩』を搬入しているシーンを見て、「これは絶対行かないと!」と思い、国立新美術館で始まった『ミュシャ展』に行ってきました。
6月5日(月)まで。

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ミュシャの作品は、1983年の日本での大回顧展を通じて、パリでのポスターをはじめとするリトグラフの作品群、素描とその後のチェコスロヴァキアでの祖国での作品群を見たことがありました。若い頃は、デザイナーとして活躍し、世界中の人から賞賛された後、故郷のチェコスロバキアのために勢力を傾けた作品を作っていったことがわかる展覧会でした

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その時の図録中で今回の展覧会で見ることのできる大作(6m×8m)の前にミュシャ自身が座っている写真が掲載されていました。『1919年、プラハ・カロリナムにおける《スラヴ叙事詩》連作の最初の11枚による展覧会風景』と書かれていました。

この時のミュシャは、第一次世界大戦後、オーストリアの支配を離れ、チェコスロヴァキア共和国が誕生したことを本当に喜んでいた時期だと思います。

実際本当に大きく、絵の隅々まで何が描かれているのかじっくりみることが出来ました。画面に近づくと、ミュシャの筆跡を見ることができました。

画材は、テンペラと油絵の具となっており、どう使い分けているのかとも思いました。ベースが油絵の具で細かい部分がテンペラ(顔料プラス卵黄)?

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これは、1983年の展覧会の時に《スラヴ叙事詩》の習作が展示された時のものです。これを今回の本作品と比較すると、大方の構図と色調は、ほぼ同じですが、個々の人物のポーズや細かな衣装、髪型、群像の人数や配置が微妙に変更になっていることがわかります。

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《スラヴ叙事詩》のための人物写真がたくさん撮影されたということが、NHKの番組でも紹介されていました。私が思うには、習作でミュシャがイメージした人物のポーズや衣装を仮に決定しておき、実際に村の人たち(制作していたズビロフ村)に演じてもらい、写真に撮り、制作の参考にしたという順序ではないかな、と推測します。写真に方眼に線が入っているものもあり、拡大した跡が伺えました。

1983年の図録の中にミュシャの息子さんの文章がありました。
『父にとって写真を撮る主たる目的は、ポーズだとか衣装の襞だとかをしっかり記憶しておくことにあった。…』

印象派の出現の前に写真機が発明され、形の記憶が可能になった19世紀末、画家の写真の活用法は、人それぞれの手にゆだねられたと思いますが、ミュシャは、このように利用したようです。

しかし、ミュシャの写真を見ていると、写真そのものにも人間の魅力を引き出したものが多く、今でいうなら、売れっ子写真家にもなれそうな感性を感じます。

《スラヴ叙事詩》の発想の原点には、チェコの作曲家スメタナの交響詩『わが祖国』があったことを知りました。昨晩、それを聞きながら、《スラヴ叙事詩》に描かれた場面を思い出し、ミュシャの表現した世界と一体化していくのを感じました。

ミュシャの亡くなる前年、1938年、ヒトラーは、チェコスロバキアの一部に対して領土要求し、1939年侵攻。それにより、現在のチェコは、保護領としてドイツの支配下になりました。

ミュシャは、民族意識が強い画家としてゲシュタボに連行され、4か月独房に入れられ、それが元で肺炎になり73歳で亡くなりました。《スラヴ叙事詩》の中の作品『スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い スラヴ民族復興』は、未完成の作品となってしまいましたが、ハープを持った娘さんと息子さんが描かれてあり、メッセージを次の世代に伝えているように感じました。

その後、1945年チェコスロヴァキアはソヴィエトの保護下で再建されましたが、1968年のプラハの春に対する弾圧もあり、苦しい時代を重ね、1989~1990年のビロード革命と呼ばれる共産党による独裁政権が終わりました。1993年スロヴァキアが分裂し、今のチェコに至っています。

ミュシャの描いた理想の世界は、画家一人のものではなく、チェコの人々の目指す世界観でもあったわけで、画家として自分が出来る最大限の仕事を果たしたいと作品を残したのだと思いました。

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2017年2月12日 (日)

My Favorite Desserts : HENRI LE ROUX

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ヴァレンタインのチョコレート売り場で美味しそうなチョコレートを見つけました。アンリ ルルーというお店のチョコレート。こちらは、お試しでお家用に板チョコを買ってみました。

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こちらは、お世話になっている方へのプレゼント用。フランスのブルターニュにあるチョコレートとキャラメルで有名なお店で、これは、日本をイメージして作られたチョコレートが詰まっているもの。
パッケージが花車の車輪の柄で日本の花が描かれています。京都の友禅の柄からデザインされているそうです。

また、中身のチョコですが。ゆずを使ったものやほうじ茶、白ごまなど日本の食材を使っているチョコレートが入っていたり、ブルターニュの塩キャラメルの味をチョコレートと合わせたものなどが詰まっていました。

チョコレートの表面には、日本の文様「青海波」や「七宝」がプリントされていました。

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お家で食べているタブレットは、カカオの成分が多いもの。口の中で溶けていく時、ブラックチョコにありがちなキンキンとした感じがありません。

ちょうどいい苦みを感じながら、甘味が口に残っていきます。


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2017年1月16日 (月)

About Cooking : ベーグル

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寒いので、日曜日のお昼は、ベーグルを作ることにしました。ベーグルは焼く前にゆでるので、湯気をいっぱい立て、部屋も温まる気がします。このお湯の中にはちみつを入れたり、ブラウン シュガーを入れておくと、ほんわり甘味も加わります。

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ゆでた後は、ゴマやブルーポピーシードなどつけておきます。

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焼くと、パンパンにふくらみました。新しいサフのドライ イーストを使ったので、上手に出来ました。

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半分にスライスして、家にあるものでフィリングを作りました。ゆで卵、マヨネーズ、ディルやツナにピクルスとマヨネーズ、玉ねぎなどをはさんで食べ、満足。


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2017年1月15日 (日)

My Favorite Desserts : イチゴのシャルロット

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Charlotte aux fraises                  Nov.2016

娘のお誕生ケーキとして作ったいちごのシャルロット。ちょっと手間がかかるので、作るのをパスしていましたが、娘にリクエストされ、十数年ぶりに作りました。甘酸っぱい口当たりのよいケーキです。

イチゴ一パック、すべてケーキにのせちゃうところが、女心をくすぐるので、ママ達とのクリスマス会など女性の集まりに何度か作っていました。

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レシピは、文化出版局より出版されたコルドンブルーの『サブリナを夢見て』を参考に作りました。この本の表紙を飾るケーキです。この本にのっているレシピは、プロのレシピ、コツを詳しく解説していて、1999年初版ですが、その頃から、私は何度も使ってお菓子を作ってきました。とてもおすすめの本です。

元のレシピでは、イチゴのピューレを使いますが、私は、ラズベリー ピューレーを使います。あとアーモンド プードルも必要なので、これは、製菓材料店で購入しておくといいです。あとの材料は、近所でもそろうものばかり。それからセルクル型も本では、直径18㎝のものですが、直径21㎝でも充分作れる量出来るので、セルクルは21㎝があるといい。

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アーモンド プードルが多めのビスキュイ・ジョコンドを天板で焼いて、帯状にカット。それにラズベリー・ジャムを塗って、重ねる。

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それを8mm幅にカット。

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セルクルの側面に縦に並べ、余分な高さをカット。

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そこに円形に焼いたビスキュイ・ジョコンドを底と中間部分に入れ、ラズベリーのピューレの入ったゼラチン入りのムースを詰めていく。これをよく冷やして、固める。

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いちご一パックすべて半分に切って、並べます。最後にゼラチンを入れたジャムを裏ごししておいたものをイチゴに塗ると、きらっとします。

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♬ Happy Bithday~♬ 

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切ると、こんな感じ。ムースの真ん中にビスキュイがちょうど入って、上手くいった。満足。


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2017年1月 8日 (日)

Beartiful Things : 真工藝さんのひよこ

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 年末に初めて浅草に行きました。オレンジ ロードという通りに手ぬぐいの『かまわぬ』さんがあり、そこで、民藝の関係のお店が集まって展示販売していると知ったから。

クリスマスの前に大掃除もしたし、クリスマスの片づけも済んだ12月30日に「やっと行ける!」と思って出かけてきた。

そこで見つけたのが、干支の置物。以前から、欲しいなあと思っていた木綿の布に木版で色刷りしたものにもみ殻をしっかりつめて作ったもの。初めて見た小ぶりのシリーズを発見。お値段も少しリーズナブル。

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手にとって、よく見ると植物は、実際のものを図案化していることに気付き、よく考えているな、と感心しました。
ワスレナグサとアカツメグサ。野草を見ると、子どもの頃、小さな花を見つけては、摘んだことを思い出しました。

二十数年前、独身時代に友達と行った飛騨高山の通りにお店があり、写真を撮っておいたほど気に入った『真工藝』さんの干支飾り。

今回のひよこは仔(こ)シリーズにあたるようで、昨年新作として作られたようです。他の干支も全部仔もそろっていて、私の干支の蛇もとても可愛かった。

色のにじみや濃淡など一つひとつ違うことにより手作りの良さを感じます。

毎年、一つずつ揃えることにしたいな、と思っています。


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2017年1月 4日 (水)

My Favorite Desserts : 黒豆の甘煮

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年末にのべ3日ぐらいかけて、煮た黒豆。今年は、上手くつやがあって、ぷっくり煮あがり大満足。

私の母は、土井勝さんのお正月料理の本を参考におせち料理を作っていたので、関西のおせちが基本だったようで、つやぷっくりを目標に私も黒豆を煮ていました。

今回は、松本忠子さんのレシピや黒豆の袋に書いてあったレシピを基本に母のレシピの赤ワインをいれたものを紹介します。よくさびのついた釘を使い、アントシアンが金属と反応して、色が一層黒くなるようにしますが、今回はなし。STURBの鋳物鍋を使ったので、多少は効果があったか????(内側はホーロー仕上げのため、効果はなかったかも)


【材料】
 
丹波の黒豆(飛切10.5mm上のサイズのもの)…300g
煮汁
水…6cup
砂糖…250g
薄口しょうゆ…大さじ2
塩…小さじ1
重曹…小さじ1/3

赤ワイン…100㏄

【作り方】

1 豆を大きなボールに入れて水洗いし、水に5分ほどつけてざるに上げる。
2 鍋に煮汁の材料を入れ、ひと煮立ちさせて砂糖を溶かし、完全に冷ましてから、黒豆を加え、そのまま一晩おく。
3 2を中火にかけ、あくが浮いてきたら火を弱めて丁寧にすくう。
4 落としぶたをし、さらに鍋にふたをして、吹きこぼれないようにごく弱火で6~8時間煮ます。この間、途中でふたをとらないようにする。
5 そのまま一昼夜おいて、充分味を含ませます。
6 オプションで赤ワインを加えます。

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母の黒豆は、ご近所のお料理の先生のレシピが元で、黒豆を煮たものに赤玉ポートワインを入れて仕上げていました。

今日は、それを思い出して残っていたスペインのバレンシア産の赤ワインがあったので、少し入れて食べると、これもぴったり。保存容器の黒豆にも100㏄程、入れておいた。

黒豆の黒い部分には、アントシアンという物質が多くポリフェノールたっぷりだそうで、それは、赤ワインの性質と同じ。だから、この2つの食品は、合わせて食べた時に合っているのではないかな。

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黒豆の煮方は、各地の違いもあるようで、主人のふるさと北海道では、しわのよるように煮ていくようです。

家族には、そんなに黒豆を好きな人はいないので、この量作ると結構、私一人で元旦のあとも食べているのが常。冷凍保存も可能なようなので、今年はやってみよう。

黒豆は基本大豆なのでイソフラボンも取れ、体調を整えるのに、よい食品だということが、ますます分かってきたので、食べようっと。


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2017年1月 2日 (月)

暮らしの中のMy Work : Throw

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昔に購入したL.L.Beanのブランケット。アイボリーのウールでTwin サイズ。半分に切って、Throw ひざかけ2枚に作り変えました。古い毛布で、かなりフェルト化してきているので、ひざ掛けに使うと、ぐっと暖かい。縁かがりは、手持ちの毛糸を使って、かぎ針でかがりました。

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かがってあったまわりの白い糸を全部、ほどくと、端から1㎝内側に5mm間隔の穴が残っているので、それを目安にシャルトリューズ色の毛糸でかがりました。

細編みと同じ編み方。穴に針を入れ、

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糸をかけて引き抜く。

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もう一度、糸をかけ、針の2目を一緒に引き抜く。これの繰り返し。

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切った一辺は、他と同じように、穴を開けながら、かがっていきました。

もう一枚は、娘が「赤がいい。」というので、赤い色でかがりました。かわいい。130㎝×180㎝のひざ掛けが2枚出来ました。


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2017年1月 1日 (日)

About Cooking : 押し寿司

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今朝、小鯛の笹漬けと小肌の酢漬けを押し寿司にしました。どちらも美味しく出来た。

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ずっと、使っている木曽の切り溝の入った押し寿司器。ちょうど、3合の寿司飯を作って、3本の押し寿司になったので、この一本で一合入る。

手前の台に木枠をはめ、具材を敷き詰めます。アクセントに今日は、自家製のガリを小さく刻んだものをちらしておきました。そこに酢飯(昆布とお酒を入れて炊いたご飯に酢半カップ、塩大さじ1、砂糖大さじ4の寿司酢を混ぜたもの)を一合分詰めます。

最後に押し板でしっかり、押さえます。

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押し板をはずし、切り溝に包丁を入れて、切ります。もう一度、押し板をのせ、押さえたまま木枠をはずします。

一切れが大きいので、横幅を半分に切り、竹皮の上に移し、出来上がり。写真は、半分ずつ、盛ったもの。

今回は、福井のれんこ鯛の笹漬けが6枚入ったものを見つけたので、それを使いました。樽漬けも以前購入し

たことがあるのですが、少し多すぎたので、このぐらいの量が今回は、ちょうど良かった。

小肌は、コノシロという魚の酢漬け。江戸前のお寿司に小肌は特徴的なネタ。私は、北欧料理でも酢漬けで有名なニシンが大好きなので、コノシロというニシン科の小肌も大好き。こちらも5枚入りのものを見つけました。

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今年は、受験生がいるので、自宅でお正月。あまり気追わないで、作っておきたいものだけおせち料理を作りました。丹波の特大の黒豆をふっくら煮たり、種子島の安寧芋の栗きんとん、年末に出かけた三浦半島の大根や京芋などを使ったお煮しめや紅白なますなど。行ったことがある場所の食材を各地を思い出しながら料理しました。

若狭もいつか行ってみたいな。

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2016年9月24日 (土)

Home Music : Adele

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Adeleは、娘が好きでお付き合いで聞くようになったのですが、昨年3年ぶりに出された『Adele 25』は、それまでの恋愛を歌ったものよりも一回り大人の雰囲気で、「むむっこれはいい!」と真面目に聞くようになりました。
彼女の落ち着きのある低音から生み出されるパンチの効いた抑揚のある歌唱力は素晴らしい。歌う姿に引き込まれます。

お休みの3年の間、出産を経験し、以前よりも愛に満ち溢れ、母として自信も兼ね備えたSuper womanになって帰ってきた、という感じです。

今回のアルバムは発売前から予約殺到で、売り出された時には、一気にセールス記録を出したという怪物アルバム。
それまでの実績があってのことだと思いますが、私のような新たなファンもきっと、このアルバムで生まれてくると思います。

来年のグラミー賞がどんな風になるか、楽しみです。

特に私が一番好きな曲は"Wnen we were young"。老眼が入って、CDの歌詞カードが読めない今日この頃ですが、拡大コピーしてAdeleと一緒に歌おうとして、家の中で歌いまくっていました。

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先日、ピアノ譜が出ていることをアメリカの楽譜屋さんのサイトで見つけ、送料もろもろ計算すると日本のアマゾンでも同じ HAL LEONALDO社から出された輸入楽譜があり、こちらの方が早くて安かったので、購入。

今、Adeleの声に合わせてバンドメンバーのようにピアノを弾くのにはまっています。

歌詞、コード、メロディー譜、ピアノ譜が併記。ピアノは、録音の時のアレンジではなく、メロディーも絡めながらの記載になっているので、一人で弾くときは、メロディー入りで、Adeleの声を流しながらの時は、コードだけを弾く感じで楽しんでいます。

一緒に弾いて思うことは、「やっぱり、彼女は、歌が上手い!」。たぶん、バンドメンバーもアデールと一緒でとても楽しいと思います。

彼女の歌は真剣勝負ですが、時々、おしゃべりしながら「ハハハ・・・!」と笑う姿、とてもチャーミングな女性です。ライブの映像を見ると、彼女の衣装やメイク、舞台のセットなどイギリスのクラッシクな趣味が見え隠れしてとてもおしゃれ。娘に「アデールみたいなつけまつげ、つけたい。」とか、「あんなお洋服、ママも来てみたい!!」とか言っています。

そろそろ、日本にも来てほしい。アデールのおしゃべりにどれだけついていけるか分からないけれど、一緒に歌う準備はしておきま~す。

Dear Adele, Please come to Japan !

と書きましたが、先ほど、他のサイトを見て知ったことが・・・。もしかしたら、子どもさんのためにまたお休みするかも、とのこと。

それが、いいと思います。Adeleらしい。

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2016年9月23日 (金)

About An Artist : 鈴木 其一の『朝顔図屏風』

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『朝顔図屏風』部分

9月10日から六本木サントリー美術館で始まった江戸後期の琳派の鈴木其一の展覧会に初日、行ってきました。其一については、名前はなんとなく知っていましたが、特にメトロポリタン美術館から借りている『朝顔図屏風』について、2012年にNHKのBS『極上美の饗宴』で紹介されて以来、「この絵の本物をいつか、見てみたいな。」と思っていました。

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"Morning Glories"   Suzuki Kiitsu    1795~1858   (178.2cm×379.8㎝) 

本物は、美しかった。菁々(其一の50歳を過ぎてからの雅号とかけて)堂々としていました。

朝顔の大きさは、一つの花が手のひらをひろげたくらい大きく、ゆったりと枝葉を伸ばしていく様子は、植物の持つ生長のエネルギーをそのまま写し取るように描かれていました。

朝顔のつぼみの一つひとつを見ると、「これから咲いていくのかな。」と期待しながら本物を見るように其一の絵にもそういった楽しみを感じることが出来ました。葉の形は三列に分かれており、琉球朝顔と言って、旺盛に近年繁殖している宿根性のものとは違う日本朝顔の特徴を確認して安心したり・・・。

展覧会では、其一作品を一堂に集めて、時代別に展示していましたが、この『朝顔図屏風』は、其一晩年の作品であり、私には其一が「これからは、自分の好きなように描こう。」としたような自由さを持った作品に感じられ、今回の作品群の中でやはり一番印象に残りました。

其一のそれまでの絵は、酒井抱一の後継者として注文主のオーダーの範囲で忠実に描こうとしたような、几帳面な少し個性を押し殺した絵のようにも思えたので、この屏風絵の前に来た時は、開放感でいっぱいになりました。

『極上 美の饗宴』の番組の中で、其一は「垣根を本作では、取っ払っている。」、ということを言っていたように記憶しています。番組を録画して2回ぐらいは見たのですが、その後、番組は消されてしまったようで、確認できず、情報が不確かなところもあると思いますが・・・。光琳の根津美術館の『燕子花図屏風』も八ツ橋(湿地に咲く燕子花を鑑賞するための板橋)を省略した大胆な構図と八ツ橋つきのメトロポリタン美術館所蔵の『八橋図屏風』が存在するように其一も本来、つる植物にあるべき構造物を大胆に省いていることを取り上げていました。

また、光琳の『燕子花図屏風』へのオマージュとしての金地に群青、緑青、胡粉を用いての朝顔図。琳派の絵師たちが先人をよく研究していたことが配色を見てもわかります。

この朝顔の岩絵の具、『極上 美の饗宴』では、「銅の成分の多い岩絵の具」と言っていたようです。調べると、藍銅鉱 アズライト。岩絵の具の名前では、岩群青と呼ばれるもののようです。朝顔の花びらの表面は、膠の量が極力少なく、岩絵の具の粒子がぎっしり定着するように三回以上も重ね塗りし、ヴェルベットのような質感を出した、と紹介していました。

そのような話も思い出しながら、じっとアップで見たり、離れて全体を見たり、「いったいこれをどこにどんな時に飾ったのかな?」とか、思いながら見ました。

現在の持ち主はアメリカ ニューヨークのメトロポリタン美術館。それ以前は、其一のパトロンであった松澤家伝来のものであったということです。きっと、朝顔の咲く夏の頃に、この屏風を立てて、宴を催したのでしょうか。

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今回、絵はがきを購入してきたのですが、実は、家にある博雅堂出版より出版された『〔おはなし名画シリーズ〕 琳派をめぐる三つの旅 〈宗達・光琳・抱一>』にも其一は、最後の方に紹介されています。

やはり、本物は、大きさも質感も全然違いますし、ましてやニューヨークに一体いつ行けるかも私の残された人生の中で疑問なので、今回の展覧会は、非常に満足しています。Recommend !!! です。

それから、ジョージア・オキーフの朝顔のアップの絵も思い出した。いつこの朝顔の絵がニューヨークに渡ったのか確認できませんが、オキーフもニューヨークで見ていたような気がしました。

【追記】

他の方のブログ記事を読んでいたら、この『朝顔図屏風』の構図が『風神雷神図屏風』と似ている、という話がありました。
家の中で、買ってきた絵葉書を飾っていたら、その意味がわかってきた。

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これは、博雅堂出版の『琳派をめぐる三つの旅』の中の図版と『朝顔図屏風』を比較に置いたもの。
其一の朝顔の枝の動きと図版上から3番目の抱一の雲の流れが似ています。偶然というよりも明らかに右隻、左隻とも動きが同じところがいくつかあることを確認できます。

また、画面の切り方ですが、これは、図版一番上の俵屋宗達のものと似ています。2番目の尾形光琳、3番目の酒井抱一は、風神、雷神ともの屏風の中に収めています。

この違いについては、宗達の風神、雷神の姿の切り方は、動きの激しいモチーフを一瞬、とらえたような迫力を与えているように感じます。

逆にモチーフを画面にきちんと収めることについては、人間の几帳面さ、つじつまを合わせたいという思いがあってのことだろうと思います。

画面に入れる入れないの両者が出そろったところで、鈴木其一は、宗達のモチーフの切り方、取り込み方が「いいなぁ~。」と思って、朝顔の枝の動きを上部切った形に描いたのではと思いました。

琳派の技法の集大成、そして自分も『風神雷神図』を描きたいという気持ちで描いたと思いました。

この後、時代は西欧化の明治時代へ、鈴木其一の作品がしっかりと国内で評価される間も少ない中で、この作品も渡米となったと考えました。

追記を書き終えた10月2日昼頃、今日のNHKの日曜美術館が鈴木其一であったことに気づきました。残念!

今日の朝は、TVつけないでDebbusy聴いていた!来週の再放送は見よう。

【追記二】10月9日再放送の『日曜美術館』を見ました。そして、前日10月8日に録画していた『極上 美の饗宴』も家にあり、見れました。

新たにわかったことは、アメリカに『朝顔図屏風』が渡ったのは、1954年である、ということ。
それから、鈴木其一も風神、雷神を襖絵で描いていたこと。


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2016年9月22日 (木)

My Favorite Desserts : 洋梨のタルト

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Poire 'Bartlet'

洋梨が出回っています。この時期は、ちょうどパパの誕生日で梨が好きなので、今年は洋梨のタルトを作りました。最近、台風が多いためか、今年は皮の部分はこすれた傷がありました。だからこそ、積極的にいただき、恵みに感謝したいと思います。

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パート シュクレ お砂糖入りの甘いタルト生地を最初に作っておく。

材料(20㎝タルト型1台分)

薄力粉  200g
バター  100g
粉砂糖(グラニュー糖で) 100g
卵黄    2個分
水     大さじ1
塩    一つまみ
バニラオイル 少々

作り方

1.室温にしたバターをポマード状に練る。
2.粉糖(グラニュー糖)、塩、バニラ オイルを入れ、よく混ぜ合わせる。
3.卵黄を一つずつ加え、しっかり生地になじませる。
4.水を加え、さらになめらかにする。
5.ふるった薄力粉をふるい入れ、粘りが出ないように軽く混ぜ合わせ、生地を一つにまとめていく。
6.生地に打ち粉をふり、少し平らにしてラップ フィルムで最低1時間休ませる。

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クレーム・ダマンド アーモンド プードル入りのクリーム

材料

バター  50g
アーモンド パウダー  50g
粉砂糖(グラニュー糖)  50g
卵    1個
塩    ひとつまみ
ラム酒   大匙1

作り方

1.バターをポマード上にする。
2.粉砂糖をふるい入れ、塩を加え、よく混ぜ合わせる。
3.溶きほぐした卵を少しずつ加える。
4.ふるったアーモンド パウダーをふるい入れる。
5.ラム酒を加え、泡立て器で空気を入れるようにしっかり混ぜ合わせる。

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洋梨は、皮をむき、二つ割り。芯の部分をメロンボウラーでくり抜いたり、ナイフで芯だけ取り除く。
4mmぐらいにスライスし、洋梨の底の方に向けて、斜めに倒しておく。
色とめにレモンj汁をふりかけておく。

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タルト生地の焼成

1.冷やしておいたタルト生地をめん棒で3~4mm厚さに伸ばし、タルト型にかぶせ敷き込む。縁の部分、幅1㎝くらいに生地を立たせ、はみ出した部分は、めん棒を転がし、断ち切る。その後、少し高さを出すよう指で押して、整形。フォークで穴を開ける。
2.冷蔵庫で15分休ませる。オーブンを180度に予熱しておく。
3.オーブン ペーパーを円形に切ったものを底に敷き、重しを入れ、180度のオーブンで20分焼成。
4.一度オーブンから出し、重しを取り除き、さらにオーブンで5分、底の部分を焼成。

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全体を合わせ、最終焼成

1.タルト台にアーモンド ダマンドを詰め、表面に分量外のアーモンド パウダーをふるう。
2.洋梨のスライスを放射状に並べる。外向きに倒れるように。
3.アーモンド スライスを表目に散らし、180度のオーブンで40分焼成。(生の洋梨の場合は、もう少し長めに)
4.冷ましてから、表面にアプリコットジャム大さじ4に水大さじ1を加え、煮溶かし、裏ごししたものを塗る。

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完成 ちょっと、ジャムの裏ごしを端折ってしまったので、果肉が残ったのが、見えますが、完成です。

焼いて、3時間後ぐらいに一切れめは食べました。ふわっとした甘味が広がる、洋梨の果肉が美味しいタルト。
冷蔵庫で冷やして2日目に食べた時もぐっと味が落ち着き、美味しかった。

息子曰く、ずっと食べたい。パパ曰く、外では食べられない味・・・!とおほめの言葉。

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